私のちょっと変わった就活のお話
ギルドとの出会い
私は、合同会社ギルドというところで長期インターンをしている。
オンラインで様々な案件をこなす、所謂なんでも屋だ。
ギルドと出会ったのは2022年の春。
大学4年生になる直前、周りの友達が就職活動に励んでいる中、私は留学先のロサンゼルスから帰国したばかりで日本に帰ってきた実感が湧かず、ただただ空虚を見つめる毎日を送っていた。
就活という言葉が嫌いだった。やったこともないくせに。
アメリカの学生に混じって勉強し、彼らが自分の力でキャリアを築いていくのを自分の目でたんまりと見てきた。
どんな仕事をしたいか、そのためにどんな知識やスキルがいるか。それが正社員だろうがいわゆるアルバイトだろうが起業だろうが関係ない、自分が進みたい道を自分の手で切り開いていく姿が印象に残っていた。
日本の学生の大半はそうではない。ある時期が来るとみんな一斉に就職先を探し出す。フリーターや起業の道を選ぶなんて、「普通ではない」。リスクのあることはやめておきなさい。とにかく何でも良いから安定した収入が得られるところに雇われて働いている人が「ちゃんとした人」、「いい人生を歩んでいる人」だ。そういった暗黙の了解みたいなものが強くある。
新卒制度があって、大学卒業後すぐに入社が当たり前。ギャップイヤーなんてものは怠惰だ、常に走れ、走れ、学業に励むか働くかの2択しかない。
そんな波に私も飲まれて、就活して働いて…それが本当に嫌だった。嫌だったというか、そんな自分が想像できなかった。かといって、はっきりどんなことを仕事にしたいとかはなくて、日本ではないどこかに移住したいというぼんやりした目標があるだけ。
いつもは目標があればそれに向かって全力疾走するのが私だけど、この目標ばかりは大きすぎてどう近づいていったら良いのかさっぱりだった。
叶いそうもない目標はただの夢になってしまう。
もうすぐ22歳、無責任に夢なんか見ている場合ではない。
でもどうしよう、諦めて普通に就活する?
もやもやしたまま彷徨っていたときに突然出会ったのがギルドだった。
思ってもみなかった道
頭の固い私は、海外に住みたいなら現地で就職以外に選択肢はないと思っていた。
どうやって生活しよう、現地で雇ってもらえるのか。大学院を受験して現地で学位を取ってからが現実的なのではないか。頭の中でぐるぐる考えて、最短・最適な道を導き出そうと足踏み。
Instagramのストーリーでスーツ姿の友達を眺めては、何も動き出せていない自分に腹を立てた。
そんな中、高校時代の友達のあるストーリーが目に止まる。
え、なにそれ、「どこでも働く」?そんなの聞いたことない。
どうやらオンラインで働くインターン制度らしい。
これだ。これじゃん、私がやりたいの。
オンラインで仕事ができればアメリカでも働ける。
魅力しかない業務内容に私にぴったりの募集要項。
正直半信半疑だった。こんなに最高なインターン、あるわけがない。
ちなみにそのストーリーを上げていたのが、鈴菜だった。
鈴菜はギルドの社員さん的立ち位置で働く、会社に無くてはならない存在の一人。
彼女自身がこのインターンを長いことやってきたらしい。
ちなみに私が鈴菜のストーリーを発見した時点で既にインターンの説明会は終了しており、募集が始まったところ。
すぐに鈴菜に連絡し、興味があると正直に伝えると丁寧に話を聞いてくれた。
今思えば誰かに自分が将来何したいか話したのはあの時が初めて。
鈴菜のNoteを読んで心臓がばくばくした。
私もこんな経験ができちゃうかもしれないわけ?
インターン応募のためだけにTwitterアカウントを作ってDMを送った。
ここまで僅か30分ほど。
ただ応募しただけ。返事はまだ。
でも自分のやってみたいことに向かって一歩踏み出せたことが嬉しくて、布団の上でガッツポーズ。
急に霧が晴れて見通しが良くなり、その先に続く道がはっきり見えたような気がした。
これまでの私
そもそもなんで海外移住なんかしたくなったのかをしっかり書きたい。
初めて日本の外の世界に興味を持ったのは高校1年生の時。
オーストラリアの田舎にホームステイをしに行ったときのこと。
17時に閉まるスーパー、イヤホンで音楽聞きながら働いているお姉さん、知らない人と公園で急に立ち話をするホストマザー、思いつきでいきなり連れていかれる夕暮れ時のビーチ…
たった2週間の滞在は、初めて大きな深呼吸をしたような感覚だった。
私は長女だ。
部活でも部長を任されるようなしっかり者タイプ。
それまで必死に全力疾走で「勉強、バイト、学歴、いいところに就職」を目指していた。
いつも切羽詰まったような気持ちでいたから、オーストラリアでの暮らしは時間が0.5倍速で進んでいるかのようで。
肩の力が抜けてふっと軽くなり、あ、ゆっくり生きてもいいんだ、と思えた。
常に頑張っていれば「良い人生」が歩めるとは限らない。
自分の人生は思っているより長い。
生き急ぐくらいならちょっと立ち止まって、自分が何に価値を感じるのか考えてみてもいいんじゃないのか。
16歳の私が自分の気持ちに素直になれた瞬間だ。
アメリカとの出会い
大学1年生になって、フロリダに留学した。
語学学校に通っていろんな国から来た人と毎日過ごした。
ブラジル、サウジアラビア、コロンビア、中国…
みんなそれぞれの言語を話すから、カタコトの英語でコミュニケーションをとるしかない。全然思ったように伝わらないし、自己主張が強い人が多すぎる。
ディスカッションに勢いで負ける。先生に自分の意見を挙手もせずぶっ放す人が何人もいる。強い、日本だったら我が強いって嫌われてしまうけど、ここではそんなこと起こらない。
自分の意見があって、それを主張する自信がある。
周りの友達や先生と意見が違っても、自分の意見は自分の意見。
無理に同意して分かったふりなんてしなくていい。
最高だと思った。
自分の意見や信念は強く持っているが周りにどう思われるかを気にしてそれをあまり表に出してこなかった私は、もう、止まらなかった。
私はこう思う、私の意見はこう、あなたの意見も素敵だけど私は同意しない。「私」を出すたびに、ディスカッションが、会話が進む。盛り上がる。楽しい!先生に褒められる。日本から来た生徒であなたみたいな人は見たことがないと言われる。友達が増える。一緒に日本から来た9人と住んでいた寮にはほとんど帰らなくなった。
寮では無視されて、仲間外れにされたけど関係ない。
心のままに、話して討論して新しい景色を見に行って、初めてのものをたくさん食べる。
気付けば英語で十分にコミュニケーションをとれるようになっていた。
アメリカで、「大好きな自分」と出会った。
とりあえず渡米しまくった大学生活
それからはアメリカと日本を行き来する生活が始まった。
日本にいる間はお金を貯めて、十分貯まったらアメリカに行く。
結局計5回行った。
4回目はカリフォルニアへの交換留学。
人間の多様性を大切にするための学びがしたくてリベラルアーツ科を迷わず選んだ。
アメリカは移民の国だとはいうけれど、リベラルな街ロサンゼルスには特にいろんな人がいる。
人種や言語だけではない。肌の色、身体の大きさ、服装、ジェンダーアイデンティティ、そしてセクシュアリティ。
それぞれの「自分らしさ」が存分に表現できる場所(比較的ね。もちろん完全ではない)なんだなと肌で感じた。
会話の中でプロナウンスを聞くのも当たり前。
「あなたはshe?he?they?、それとも他の呼び方?よければ教えて。」が自己紹介の場面で自然に出てくる。
「彼氏いる?」「彼女いる?」ではなく、「パートナーはいるの?」
一瞬で恋に落ちた。ロサンゼルス、大好き。
もちろん全員とは言わないが、なるべく多くの人がお互いのアイデンティティを尊重できるようになったらいいなと昔から思っていた私にとってはとっておきの環境だ。
他にもアメリカの、そしてロサンゼルスの大好きなところはたくさんあるがキリが無いので書くのはまたにする。
そういうわけでここに住みたい、この環境で自分の将来の子供を育てたいと思ったのである。
インターンでの経験
オンラインで働くって難しい
アメリカに住みたい、とかいうでっかい目標を持つ私をシャンディさんは信じてくれた。インターンとしてギルドでお世話になることになったのだ。
1回目のインターン合宿で「ゆうにはSNS運用を任せたい」と言ってもらったとき、よく知らない私にしっかり仕事振ってくれるんだってことに感動した覚えがある。可能性を見てもらっているようで嬉しかった。
バイト2つと学校、インターンの仕事はかなり過密なスケジュールになったけど目標に1歩1歩進んでいるのが嬉しくて毎日充実している。
数多くの候補の中から私をインターンに選んでもらった。忙しい中時間を作って育ててもらっている。その期待に応えたい!という思いが大きな原動力に。
ギルドのインスタアカウントを一から作って運用するプロジェクトを任せてもらって、知識0から毎日投稿できるまで仕組みを作れるようになった。
そんなこと自分ができるとも思っていなかったし、デザインがこんなに楽しいなんて!
実際の作業に加えて仕事の連絡の仕方、作業の振り方、効率的な進捗共有…オンラインで仕事をする上で大切なことを、細かく教えてもらう日々。
今では当たり前にやっていることも、始めた当初は全くできなかったな。
記事の執筆なんかは特に。
フィードバックもらって、修正して、また書き直して…
私の記事を読んでもらってフィードバックをもらうことがどれだけ価値のあることなのかすらもよく分かっていなかった。
今ではインスタ運用で、私が仕事を振り分けてフィードバックを送る側になっている。
自分で修正しちゃえばすぐ終わるのを、わざわざ文字に起こして他の人に伝えることの労力を経験中。面倒見てくれた鈴菜に尊敬が止まらない。
まだまだ先は長いけど、あの時の自分には想像し得なかったところまで来た。
どこまでいけるのか自分自身に期待している。
合宿を通して出会った大人達
インターンを始めてすぐ、ある企画旅行の同行で岡山県の上山に連れて行ってもらった。よく分からないけどシャンディさんに行く?って聞かれたから行きます!!って言った。
上山は限界集落と呼ばれる地域。
テントの中で寝ることになるかもしれないと言われた。
キャンプやちょっと不便な生活は得意ではない私。でも、
アメリカ移住したいとか言いつつ、気づいたらめちゃくちゃ笑顔で軽トラの荷台乗ってた。ド田舎で。
雨の中用水路に詰まった落ち葉を掻きだしたり、農家さんの畑ででっかいアスパラ収穫させてもらったり。
地元の人に現地の食材で作ったあったかいお料理でもてなしてもらう最高の3日間。
めちゃくちゃ楽しかった。見ず知らずの人と3日間寝食共にするのがこんなにおもしろいとは。
シャンディさんについていくと自分の知らない自分に出会える。
鈴菜が言ってた「おもしろい」って、これのことか。と実感した。
これまでにギルドの合宿でいろんな大人に会わせてもらった。
世界中を回った旅人、限界集落に移住した人、キャンプ場を運営するお兄さん、突然酒蔵の運営を任された社長。
ギルドインターンの名前なしには絶対出会えなかったようなおもしろい人達ばかりだ。ギルドならではの合宿には、そんなスゴイ大人がたくさん集まる。
世代も職種も好きなことも全く違う人同士が一緒にお酒を飲んで夜通し語り合う。
普通に生きていたら出会うはずのない人達だ。
それぞれ個性があって、自分自身で行く道を切り開いていく芯のある大人達。一人ひとりが映画の主人公張りに濃い人生を送っているが、彼らには1つの共通点があることに気づいた。
それは他人の目標をバカにしないこと。
私がアメリカに住みたいなんてでっかい目標を話しても、誰もバカにはしなかった。むしろなにそれおもしろい、って応援してもらった。
「安定」や「お金」以外に自分自身が価値を感じることを優先している大人達だからできることだ。
これからを考える22歳の大事な時期に、新しいことを経験させてもらって、かっこいい大人にたくさん出会って応援してもらうなんて、なんてラッキーなんだろう。
5年後、10年後、私もこんな大人になりたい。
これからの私
ありがたいことに、今でもインターンを続けさせてもらっている。
大好きなインターンの仲間、尊敬する鈴菜、そしてギルドのお父さんシャンディさん。
それぞれが全然違うことしてるし全然違う場所にいるから、毎週ある定例ミーティングで近況報告し合うのが楽しい。
インスタグラムの運用もデザインもこれからが楽しみで仕方ない。
今はまだただのインターンかもしれないけど、どんどん吸収していつかは私が誰かにとっての「かっこいい大人」になりたいな。
自分が価値を感じる人生にしたい。
挑戦してみたいことは自分を信じて挑戦する。
道がないなら自分の手でつくる。
それがいい。そのまま進め。
ギルドは、そう思うための勇気をくれた。
私は自分の目標を絶対達成する。
これが私の就活だ。
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