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頑張らないことを頑張る生き方

気づけば頑張りすぎてしまう
たとえ損な役回りでも頑張ってしまう時もある

どうやら、無意識的に頑張る才能があるようだ
「そんなん、いらんがな」と頑張ってしまう度に思う

そんな私は頑張らないことを頑張っている

なぜ、頑張らないことを頑張る生き方を
取り入れようと思ったのか
今回はそちらをお話ししていこうと思う


頑張れば報われると思っていた20代前半

中学は100名を超える陸上部のキャプテン
個人では市で2位
チームは優勝をおさめる事ができた

高校は生徒会の風紀委員長と書記、彼女もできた

学生時代は遅かれ早かれ、
最終的には何かと頑張った成果が実っていた

しかし、20代半ば
私の考え方が大きく変わる出来事が起こる


うつ病の発症

時は戻り約5年前
新型コロナウイルスの第一波が広まっていた頃

今までストレス発散方法だった
『旅行』、『カラオケ』が規制

仕事はテレワークが広まり、
出社組だった人間に業務が偏る

来客はコロナでストレス発散できないのか、
接客する私を捌け口に
心無い言葉を浴びせてくることもあった

しかし、いつかは終わりが来ると信じて、
いずれはリーダーに任命してもらうため、
ただそれだけを胸に、耐えて向き合い続けた

耐え続けたある日の朝
終わりが来たのは私の身体の方だった

「…起き上がれない」


壊れても抗い続けた先は…

起き上がるのさえ苦痛な時でも、
鉛のように重い身体を起こし、
仕事へ向かおうとする自分がいた

そんな頃、自分の身体が別物となっていく

仕事では、今までしなかったミスを連発
日常生活では、些細な物音にさえもイライラ

そんな異変が積み重なり、疲れ切ったある日の朝
「ここで飛び込んだら楽になれるかな」ふと
脳内によぎって足が線路へ進みかけた

もう限界
全てを終わらせたかった

けど、終わらせられなかった


鬱からの学び

終わらせたかった人生を終わらせる事ができなかったビビりな私は鬱と向き合い療養することとした

健康体へ戻っていく中で自分と向き合い続けたことで気づいたことがある

己を偽り削り続けてまで頑張る必要はない
ということだ

社会に出れば誰も守ってくれる人はいない

心配してくれる人もいるかもしれないが
最終的には自分でアクションを起こさない限り
自分を守れない

「だったら、無理して誰かや社会に合わせた生き方をする必要なくね?」

そう思ってから、
やりたくないことで頑張ることをやめた


今を自由に生きる

朝、早く起きて動くのが苦手なため、
現在はパートとして勤務しており、
昼から夜まで勤務だ

これが自分の生活に当てはまった
快適な日々を送れている

しかし、リーダーに任命されたため
社員が不在の日は残る時もあるが…基本残業なし
タスクを大量に振られることはない

自分の体と向き合い
仕事、私生活ともに充実している

それでも、一度鬱になるとよくなっても寛解
あくまで鬱の症状が出なくなるだけで
鬱になる前の自分には戻れない

だからこそ今日も
「己に嘘をつかず、頑張ることを頑張らない」

借金はなくなり資産を構築
健康的な状態を推移している今

あとは副業的な収入が入って
週5勤務のパート
これを週4にできれば理想の生活が実現する

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