日記2023年2月③

子供が熱を出して、色々な予定をキャンセルすることになった。Whenever Wherever Festivalというダンスイベント(そのウェブ企画で文章を書かせていただいた)を見に行こうと思っていたのだけれど行けなくなってしまった。先週から妻と子供が風邪をひいて大変だった。まだ疲れがとれない。私はなぜか風邪には強い。心は弱いけどね、と言ったら妻が、どっちがいいかわからないけどね、と言って、否定はしなかった。

暖かい夜をイヤホンで音楽聴きながら歩くとすごい孤独を感じてたぶん研修医のときを思い出している。

Twitterの学問界隈をフォローしていると最近はAIの話題で持ちきりで、私もつられてperplexity AIとconnected papersを使い始めたばかりなのだけど、今度はmicrosoft edgeのbingのAIチャット機能がすごいと話題になっている。ブラウザとウェブ検索とAIチャットが組み合わさったのは確かにすごい。ウェブをブラウズするのではなく、AIにどうブラウズしてもらうかという世界になる。情報の価値が変わっていく。

暖かい日が増えてきた。

前に進みたいと思うようになってきた。まずは学位をとりたい。そのあとはすぐにかはわからないけど、指定医の資格をとる。まだとってなかったんかい、という感じだけど、落ちたのである。以前勤めた病院でダメになってしまって、レポートを準備できず、落ちた。鬱になりました。妻は当時から私の職場環境に問題があると言っていたけれど、私がそれを認めることができるようになったのはごく最近である。

当時職場には問題のある人がいて、なぜか私が、入職と同時にその人の「世話」をすることになった。その人の直属の部下のような立場に置かれ、その人の仕事のサポートをしなければならず、その人を立てながら先回りしたり尻拭いしたりして、まともな医療が提供できるようにしていた。実際現場からは頼りにされたし仕事の内容はとても評価されたから、それでいいのだと思っていた。当直の夜は毎週何時間もその人の話を聞いてあげていた。内容は周囲への呪詛で歪みきっていた。17時から21時まで話を聞いた。それを三年続けた。時間はあるようで、なかった。指定医のレポートは締め切り直前に他の先生にお願いして見てもらいながら作ったけれど、チェックが足りず誤記で落ちてしまった。逃げるように大学院に入った。退職するとき、送別会を終えた夜の帰り道、プツンと音がしてもうこれ以上頑張れないと思った。翌日妻に精神科に連れて行かれた。ちなみに退職する三月に有給を消化すると伝えたらその人になじられ、みんなが私の悪口を言っているとありもしないことを言われた。もういい加減このことは過去にしたくて、とりあえず前に進みたい。新しく症例を経験してその人の署名の要らないレポートを作りたい。もうその病院にその人はいない。

休学延長の書類に診断書を添えて学務に提出した。一段落ついた。

「被害」を殊更言いふらしたいわけではないんだけれど、言葉にしないと前に進めない感覚がある。人のせいであるところをきちんと人のせいにしないと、自分の責任を引き受けることができない。不思議な感じ。書いているあいだは、贅肉を自分で切り出しているような解放感があって気持ちいところがあるけれど、こうやって血だらけを身を晒して「被害」を語る文章はどこか作為的で他責的で自己憐憫的で、自分で読んでいて嫌な感じがする。人に読ませるものではないような気がするけれど、書いてしまいたいという気持ちもある。そのことも含めてどう扱うかなのだけれど、まあこうやって日記にしてしまっている。

BTSの映画「Yet to Come in Cinema」を観た。2022年10月に釜山で行われたコンサートの映像ということで、BTSの曲はたまに聴いていたけれどメンバーの見分けもつかない状態で、でもきっと素敵なのだろうなと思って観に行った。予想以上だった。というか、完全にやられた。冒頭のパフォーマンスでどっぷり好きになった。途中から気がついたらSUGAを目で追っていることに気がついて、SUGA推しであることが判明しました。とにかくステージ上の彼らがかっこよくてかっこよくて。全身を持っていかれた。100分があっという間、というのが常套句かもしれないけれど、今回の体験はむしろ逆で、4時間くらい観ていたような、濃厚なパフォーマンスだった。あれ以上いたらおかしくなってしまう。帰り道でググったら、ちょうど私が映画を観ている間にSUGAのソロツアーの情報がニュースで拡散されていた。行きたい。妻に話したら、それはもう運命だから、オタクはそういう運命で推しに出会うんだ、と言われた。

「推し」というものがどういうことか今までわからなかったのだけど、わかりかけているかもしれない。3月に鳥羽和久さんの『推しの文化論』が晶文社から刊行されますね。実はあまり縁がない話かなあとこれまでは思っていたのだけど、急転直下、こうなりました。

映画館を出るときに女性の親子が「今日もユンギはよかったね」と話ていて、なんのことかと思ったのだけど、のちにググったらSUGAの本名だそうで、「いやほんと今日のユンギはよかったよね」とスマホに向かって言った。「今日の」ってなんだよと自分でも思うが。

まだ少し先週の疲れが残っていて、イライラしやすかったりする。イライラを家族にぶつけるのではなく、イライラしやすいことを隠さずに伝える。臨床心理学的にはアサーションの技法ということになるのかもしれない。こういうのは、「表面」的には行動上の技法だったり、ライフハック的な意味を持つけれど、その「深層」には、それまでのその人の、というか私の、困難への対処の歴史と癖が長く太くとぐろを巻いて横たわっていて、独特の引力を持っている。無重力状態の生活を想像するのが難しいように、過去の思考と行動の集積の重力から逃れることを想像するのは簡単ではない。

山本章一の『堕天作戦』で、コサイタスという触れたものの熱を奪う魔法を持つ魔族が、最初は自分には水やアイスクリームを冷やすことしか能がないと思っているのだけれど、ヘリオスという不死者の助言で「空気に触れている」というイメージを持った途端に、一帯の空気を絶対零度まで冷やして凝縮する「ゼロ旋風」を生み出して最強の魔族と呼ばれるようになる、という話がある。自分についての心理的な理解というのも、魔法と同じだ。想像力に規定される。そもそも魔法というものが想像力の比喩なのかもしれないが、それはともかく、心理的な自己像というのはコサイタスの魔法のように何か一押しがあるだけで激変する可能性を持っている。それが「他者」からもたらされることは言うまでもないけれど、それを自分のものにするにはリアリティを伴う必要がある。コサイタスにヘリオスが必要だったように、人が自己像を変えるにはモデルと伴走者が必要だ。

何が言いたいのかわからなくなってきた。あえてまとめれば、人を変えるのは技法ではなくて、実際にそのように生きた人がいたという事実であって、私たちはそれを歴史として、物語として受け取るのではないかということかもしれない。技法というのは物語を反復するための台本としてある、ということか。よくわからないがそういうことだと思う。

話を戻せば、イライラをどうするかということなのだけど、とりあえず、感情的なものを隠さずに誰かのケアを求めるのがいいのかなと思っている。ケアされる自分を想像することが必要なのだと思う。あくまで私個人の話ですが。そういうことです。

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