見出し画像

今日気持ちよかった音楽: Arima Ederra - An Orange Colored Day

過去が消える、消せるのは、むしろ現代だからなのかもしれない。

異様に無垢な歌声を乗せる性急なリズムが、突如乱れたように形を崩す。最小限のレイヤーで構築された演奏を背に、Spiritualに響く幾重ものコーラスは奇妙で、もはやそれらは"キモ美しい"とすら。


エチオピアがルーツの"美しい魂"

バスク語で"美しい魂"という意味を持つアーティスト・ネームのArima Edirraは、エチオピア移民の両親のもとに生まれたアメリカ一世のシンガー・ソングライターで、ビジュアル・アーティストとしても活動する稀有な存在だ。

産まれは、両親の移民先だったラスベガス。音楽に精通していた父の影響で若いころからアートに触れ、19歳より同地のオープン・マイクに参加して好評を得ていたという。



消された過去とネットにこびり付いた欠片

その2年後、父の逝去の直後に1stアルバムを発表したそうだが、その詳細は不明となっている。なぜ不明なのか。彼女は最新アルバムといくつかの近作を除き、それ以前のほとんどを各サイトの公式ページ上から削除してしまっているからだ。

販売サイトに遺ったデータを見るに、その1stアルバム『Earth To Arima』では、フェイバリットに挙げているLauryn Hillへの敬意を感じさせるジャケットを掲げていたようだ。
ネット上では、Mick Jenkinsミックステープの紹介映像に遺された音源の一部や、おそらく非公式のアップ音源などを、わずかながら見つけられた。
AlternativeなR&Bを基調に、挑戦的でabstractなサウンドも多々ある。私の好みと感じられるだけに、公式から消されているのが大変口惜しい状況だ。



絶品!Mos Def「The Boogie Man Song」のカヴァー

その後、Arima Edirraはロサンゼルスに移り住み、2016年にEP『Temporary Fixes』を発表。当然本作も、公式にはすべての音源やMVが削除されているが、グローバル音楽コミュニティ本人のSNSから、収録曲の一部やライブ映像を確認できた。
また、彼女のSoundcloudに1曲、同時期にアップされた音源が残っている。Mos Def「The Boogie Man Song」のカヴァーで、これが絶品だからこそ、EPの削除が余計に悔しい。



若き才能 Teo Halmの手腕

そして彼女は、2018年からシングルを幾度か発表し、2022年秋にそれらも網羅したアルバム『An Orange Colored Day』をリリースした。同作のコンセプトは"幼少期の思い出、悲しみ、そして癒し"という。

Bedroomから飛び出し楽器の生演奏に寄せたのは現代的だが、シンプルなのに新鮮でユニークな極上の気持ちのよさを生み出せたのは、本作のプロデューサー Teo Halmの手腕も大きいだろう。

昨年末に世界を震撼させたSZA『SOS』や、今年最初の衝撃となったLil Yachty『Let's Start Here.』にも名を連ねるこの若き才能は、Arima Ederraの世界により優しい広がりと、よりタイトでストイックな深淵を描き加えたようだ。
無垢ゆえの狂気まで表現されたサウンドは、"また自由に戻ろう"と歌う彼女そのものだ。



余談の代わりに

これまで過去の軌跡を消してきた彼女は、これからどのような未来を描くのか。ただ、消されたからこそ、躍起になって探すという、まるで推理ゲームのような趣が楽しかったのも事実だ。

もちろんアルバム『An Orange Colored Day』はこれからも楽しみたいので消されては困るが、確かにレコードやCDを出さなければ消すことはできる。今の世だからこその一期一会を生み出せるというのは面白い。理由はどうあれ、世の中には色んなミュージシャンがいるなぁ、と改めて。

この記事が参加している募集

#私のプレイリスト

10,581件