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ひとつの楽曲を無限のパターンに再生するインタラクティブ空間『Playable Player』

0. はじめに

 この制作は2020年にバンド・aiverのメンバーである吉田明史から私・高橋祐亮が持ちかけられた企画にoxymoronとしてaiverの楽曲のMV制作を担当していた洲崎翔が加わりスタートした。当初はゲームエンジンUnrealEngine4(以下UE4)を使用したMV制作の予定だった。しかし、制作の過程でゲーム-ゲーム空間-音楽の関係性に別の可能性があることを発見した。そこで私たちはaiverのコレクティブ的側面を分派し、新たにapnとしてチームを編成した上で、MV制作から実験的なインタラクティブ作品「Playable Player」を作ることにした。本作はそのプロトタイプ第一弾にあたるものである。

1.Playable Playerとは何か

 「Playable Player」とは端的に言えばUE4を使用して制作された、ひとつの楽曲を無限のパターンに再生する「音楽プレイヤー」である。
 プロトタイプ第一弾となる「Playable Player for silver wave(s)」 では、ゲームプレイヤー(遊び手)はゲーム内の部屋、町、森の3つの空間を自由に歩き回ることができる。その空間内にはバンド・aiverの楽曲『silver wave』に使用されている音源トラックが散り散りに配置されており、UE4のシミュレーションによりプレイヤーとオブジェクトとの位置関係やオブジェクト同士の相互作用に応じて、聞こえるトラックの種類や音源の方向性、反響の仕方、音量までもが変わっていく。
 つまり、本作品内ではゲームプレイヤーのプレイに応じて聞こえる音、音楽が変化するためプレイの数だけsilver waveが生成されることになる。膨大な量のトラック数とUE4の精密なシミュレーションにより、プレイの微細な変化でも音は大きく変化する。また基本的に人間が全く同じプレイをすることが不可能なことから「Playable Player」はひとつの楽曲を無限のパターンに再生する「音楽プレイヤー」であるといえる。
 また本作では原曲『silver wave』の再生時間である3分5秒間のプレイングの後、ゲームは自動的に強制終了され、デスクトップ上にプレイ中のサウンドを記録した3分5秒のmp3ファイルが生成される。

2.Playable Player におけるPlay

 現代において我々が「音楽を聴く」という行為は、アーティストがかつて楽曲の完成形として収録した一つの演奏形式・時間の「再演(Replay)」であり、「遡ることも分岐することもないたったひとつの演奏」に付き合うことだと言える。
 ゲームそのものを音楽プレイヤーとして構成するとき、音楽プレイヤーはゲームからなにを獲得するだろうか? 一般的に、ゲームプレイヤー(遊び手)は作り手の制作した空間とストーリーテリングのなかで、「主人公」(=主体)として「自由に」振る舞う。それは手放しの自由ではなく、制作者から負わされた主人公性や制約された空間との対話的な自由だが、多くのゲームで、グリッチ(ゲーム内のバグ)を利用したプレイ動画やグリッチの発見それ自体を目的としたプレイヤーが溢れかえる昨今、そうした「対話」を放棄する可能性すらもプレイヤーには残されていることがわかる。つまり、ゲームのプレイヤーはプレイすることにより、制作者の定めた有限な世界に介在し無限通りの鑑賞= 体験パターンを生み出すことができるのだ。  
 「Playable Player」は、こうした根本的に異なる体験であるゲームのプレイ(Play)を音楽の再生(Play)に導入する、もっと言えば統合することを目指したゲームであり、音楽プレイヤーだ。遊び手(Player)は再生機(Player)となり、自由な探索(Play)を通して不定形な楽曲をそれぞれの分岐する演奏パターンとして再生(Play)していくのである。

3.Playable Player における空間

 空間は大別すると3つありメインのゲーム空間・街・森である。それぞれの空間の簡単な役割は以下のようなものである。

(1)ゲーム空間 -イントロダクションとしての空間-
 この空間はPlayable Playerとは何かを分かりやすく体験してもらう役割を担っている。そのため配置されたオブジェクトも比較的説明的なものになっている。例えば、スピーカーに近づくと音が鳴ったり、ラジオの方を向くと音が聞こえたりという具合である。そして、空間を設計する際にはvaporwaveにおけるグラフィックを参考にした。

(2)街 -探索のための空間-
 街は3つの空間の中でもっとも実験的な空間である。例えば、この空間にある映画館は特定のアクションを起こさない限りたどり着かない仕組みになっている。そして、映画館内ではsilver waveが参照した楽曲のMV(aiver - chandelier feat. rowbai)が流れる。このように街のパートはプレイヤーの探索を誘発したり、今まで何気なく聞こえていた音に一時的にフォーカスをあてることでプレイヤーの聞き方に変化を起こしたりすることを狙っている。

(3)森 -変化のための空間-
 森は3つの空間の中で特に音の重なりが意識できる空間である。楽曲の音だけでなく環境音、虫の声や風の音などが配置されており、移動することで音の変化をより強く感じることができる。また円盤に乗って森を3次元的に移動することが可能となっているが、それは音の変化も3次元的に体感するための装置としての役割を担っている。

 3つの空間はそれぞれ役割を持っているが本作で重視したことはそれら空間の関連性である。例えば、ゲーム空間で特定のオブジェクトに触れると街の空間の一室に飛ばされる。そこでは空間の変化に合わせて聞こえていた音も全く変わる。部屋内では視覚異常のようなエフェクトが掛かっているのだが、部屋から元のゲーム空間に戻るとその視覚エフェクトだけ継がれる。 このような空間的シークエンスと音楽的なシークエンスを組み合わせることでより音に対して意識的になることが可能ではないかと考えた。そのため本作での空間設計は造形的・視覚的なところはあえて過度に手を入れず、できるだけ分かりやすい3つの空間にどのような関連性を持たせるかに重きをおいた。

4.2022年のPlayable Player 

 この制作は2020年の後半に行われたものであるが主に私の怠慢が原因で一年間放置されていた。プロトタイプ第二弾がなかなか進まなかった要因としてはエンジニアリング部分の技術不足と作品を広げすぎてしまったことによる修正箇所の複雑さが挙げられる。これらが完全に解決したわけではないが1年間の別の制作の中でやや考え方が変わり、よりコンパクトで共有のしやすい(=誰でもプレイしやすい)Playable Playerを作りたいと考えるようになった。具体的にはXRプラットフォームであるstylyを使ったPlayable Playerである。stylyはウェブブラウザ上で動作するという長所があり、多くの人にプレイしてもらえる可能性が高まる。またVR対応もしているためVR版Playable Playerとして新しい探求ができるのではないかと期待している。難点は対応しているゲームエンジンがUnityのみであることやアップロードできるデータに制限があることなどが挙げられる。ただ、そのような『凝った』Playable Playerを作る前にミニマルで多くの人から体験の感想を聞くことができる作品として制作を進めていきたいと考えている。完成目標は2022年3月中。できるだけ制作過程をオープンにし、多くの人の意見をもらいながら制作をすすめていければと考えている。


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