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Bragging

▼3年前,マンハッタンを訪れた時,たまたま通った 8th Avenue 沿いのある建物に次のように書かれているのが目に入りました。

SEE HOW YOUR EXPERTISE CAN HELP NYC PUBLIC SCHOOLS.
(あなたの専門知識がニューヨーク市の公立学校をどう助けられるか考えて下さい)

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(上の写真は Google Street View から)

▼その時はぼんやりと「ニューヨーク市からのお知らせなのかな…面白いな…」と思い,「自分だったら,地元の学校の手助けに何ができるだろう…うーん…何にもないなぁ…(´;ω;`)ウゥゥ」と落ち込んだりもしていたのですが,その後調べてみると,これは PENCIL という団体のPRだとわかりました。

▼このHPには次のように書かれています。

"Since 1995, we’ve played a critical role in bringing together business professionals, educators, and NYC students to open eyes, open minds, and open doors.  By doing so, we connect students to success.
(1995年から私たちはビジネスの専門家,教育者,そしてニューヨーク市の生徒たちを結び付け,目を開け,心を開け,扉を開けるために重要な役割を果たしてきました。そうすることによって私たちは生徒を成功へと結びつけています。)

▼この団体は,企業と学校を結び,企業から来たボランティアが生徒に専門知識を伝えたり,生徒(16-22歳)が企業でインターンシップに参加する仲介をしたり,インターンシップに参加する生徒の事前訓練を行ったりすることが主たる業務のようです。市当局,特に Department of Youth & Community Development (DYCD:青少年コミュニティ開発局)とも提携し,リーダーシップ育成に努めています。

▼ちなみに,このDYCDのページを見ると,コロナウイルス蔓延予防で自宅にいる青少年のために,様々な催しを主宰しています。レシピコンテスト,詩のワークショップ,映画作り講座,芸術コンテスト…。若者の興味に合わせて多様な機会を提示しているのです。

▼さて,私があの 8th Avenue 沿いの建物の話を思い出したのは,今日の夕方にこのニュース速報が入ってきたのがきっかけでした。

【速報】広島県教委、県立学校の臨時休校を5月31日まで延長
 広島県教委は27日、新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的に5月6日までとしていた全ての県立学校の臨時休校を、5月31日まで延長すると発表した。今月16日に政府の緊急事態宣言が全ての都道府県に拡大され、事態が継続していると判断した。
 臨時休校の延長理由にはほかに、感染リスクを回避し、県民の不安解消を図る観点を挙げた。臨時休校の期間中、子どもの学習機会の確保などに最大限の配慮をすると強調。自主登校については、県内の感染状況などを踏まえて、あらためて判断するとしている。
(中国新聞 2020/04/27)

▼また,これ以外にも,既に「5月末まで休校を延長」といった決定が下されている自治体があります。私が勤務する予備校でも「5月6日までは(第3講まで)動画による振り替え講義」を行うことになっており,生徒さんは既に自宅などで収録された動画を視聴し始めていますが,この様子では,おそらくそれはもうしばらく延長せざるを得ないでしょう。

▼「GW明けに何事もなく普段通りの生活が戻ってくる」ということはあり得ないだろうとわかってはいましたが,心のどこかでは「そうあってほしい」と思っていたので,今回の休校延長のニュースは現実を突き付けられた気がしてやはりショックでした。

▼が,そこでふと思ったのです。

「家にいろ,仕事はするな,その代わり,政府が一人当たり10万円を一律支給するとは言っている(もっとも,10万円では到底足りませんし,1回こっきりだとしたら目もあてられませんが…)。でも,子どもや若者の失われた時間はどう補う? オンライン授業や,入学を9月にずらすという話も出始めてはいる。だが『休校延長するよ。あとは勝手にやっといて』ではあまりにも無責任だし,若者や子どもから学ぶ機会を奪い,社会との接点すら失う恐れもあるのではないか。教師とて,まだ十全な準備もできていないのに。」

▼たとえば,PENCIL のような団体や,DYCD のような役所が日本にあれば,ある程度そこを補うことができるのではないでしょうか。確かに,文部科学省は「学習支援コンテンツポータルサイト」を作ってはいます。また,個人や塾などで動画講義などをアップする動きも広まっています。しかし,それらがばらばらに動いていて,子どもや若者は,どこを見て,何をすればいいのかわからず,結局,丸投げで放置されているのと変わりありません(また,学校現場の先生方も,特別課題を作成するなどの余分な負担で圧迫されるばかりです)。

▼ちなみに,この文部科学省のサイトから「高校生」⇒「英語」と辿っていくと,学習支援コンテンツの一覧が出てきますが,これらは既存の様々なホームページへのリンク集に過ぎません。この短期間でこれだけの情報をまとめたことには敬意を表しますが,果たしてどれくらいの高校生がこれを自力で見つけて活用しているのでしょうか。

▼こちらは岡山県教育委員会のHPですが,ここにも事務的なことばかりで,小中学生向けの課題はわずかにありますが,高校生対象のものはありません。

▼今は平時ではなく,緊急事態なのだ,ということは承知しています。しかし,そうした緊急時にこそ,子どもや若者が平時にどういう扱いを受けてきたのかがはっきりと可視化されるのではないでしょうか。

▼オランダのように,「教育を止めない」という方針で比較的スムーズにオンライン教育に移行できた国もあります。また,海外の対応の一覧を見ると(実際に問題なく稼働しているかどうかは別として),平時から非常にきめ細かい備えをしてきたであろうことは想像に難くありません。

 以上5カ国の対応を見比べると、「教育重視」が現れていたのはスウェーデン、フィンランド、加えてオランダであった。デンマークも、学校再開が予定どおり出来れば、予防も再開も早かった国として賞賛されることになるかもしれない。
 スウェーデンの場合には、新型コロナウイルスによって受ける経済的落ち込みや失業者の増加へ対処方針の一つとして、既に、高等教育や職業訓練での学び直しのために、受け入れ能力を増強する必要があること、中央政府の資金でそれを負担することを明確にしている。より高度なスキルをつけること、新たな資格を獲得することを呼びかけ、それを遠隔授業で可能にしようとするなど、失業対策として既に教育面での強化を打ち出しているスウェーデンのような国はまだ少数とみられる。
 フィンランドでは、あくまでも「対面授業」を制限するのであって学校閉鎖という言葉を使っていないこと、障がいのある子どもや移民の子どもなど、特に困難を抱えやすい層に対する中央政府からのメッセージが具体的であったことに特徴があった。
 オランダは、学校閉鎖と言いつつも、どのような職業が必要不可欠なのかを詳しく明示して、必要な働き手の子どもの居場所を積極的に確保していた。
 いずれも、人口規模で言えば小さな国の取り組みであることを踏まえると、日本では都道府県や広域の地方単位での今後の対策として、参考にすべき内容なのかもしれない。「移行」(transition)という言葉を既に使っているスウェーデンをはじめとして、危機を乗り越えるにあたっての教育施策、人材育成施策を、「北欧だからできる」「欧州だからできる」とあきらめてしまわずに学び、自分のところでは何ができるのかの検討にぜひ結びつけて欲しい。
村上芽「新型コロナウイルス対策を巡って:サステナビリティや人材育成投資を重視する国における学校閉鎖と今後への視点」2020年04月15日)

▼「海外では〇〇だ」と日本を批判する人のことを,「~では」から「出羽守(でわのかみ)」と呼ぶそうです。「隣の芝生は青く見える」ということわざもあります。しかし,政府や自治体による場当たり的な対応の被害に遭い,最も多くのしわ寄せを受けるのは,社会の中で最も弱い人々に他なりませんし,ニューヨーク市のように日ごろから子どもや若者の教育問題に取り組んできたかどうかが,この非常時に大きな差を生んでいるのではないか,と思うのです(もちろん,その背景には,それぞれの社会や文化の価値観の違いもあります。歴史的経緯の違いや,人種・民族の問題なども絡んできます。ですから,一概によその国や都市の真似をしたところでうまくいくわけはありません)。

▼コロナウイルス禍によって,社会の仕組みを大きく変えざるを得ないかもしれない,という転換期に私たちは立っています。国の対応を待たずに,自治体が独自に動き出しているケースも見受けられます。

▼そもそも,日本の学校教育制度が明治時代に設立された時,それは「富国強兵・殖産興業」という目標のための人材育成機関でした。第二次大戦後は戦前の枠組みをほぼそっくりそのまま受け継ぎ,経済成長のための人材育成機関として機能してきました。では,現代は…? 社会が方向性を見失っているため,教育も方向性を見失っているのが現状でしょう。

▼私自身はたかだか一介の予備校講師に過ぎません。金も力もありません。技術もありません。だから「あなたの専門知識が公立学校をどう助けられるか考えて下さい」と言われても「何もできません」としか言えません。また,「社会の方向性」を決めることもできません(というより,特定の方向づけを行うべきではない,と私は思っています)。

▼ただし,ホラだけは吹くことができます。

「一つの県,あるいは地方単位で,DYCD(青少年コミュニティ開発局) のような組織を設立し,様々な企業から協力を募って PENCIL のような団体を作り,子どもや若者が社会から孤立しないようにする,どんな社会に変わっても生きていける手助けをする。そんなことができたらいいなぁ」と。

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