スタグフレーション・リスクをどう見るか
先日「スタグフレーションになったら金融資産の保持に困ることになりそうだ。何か良いアイディアはありますか?」との相談を受けました。
スタグフレーションは景気停滞(スタグネーション)と物価上昇(インフレーション)の合成語です。通常は景気が悪くなると物価が下落するのですが、原油など原材料価格の高騰により、不況にもかかわらず物価が上昇する現象を指します。
このスタグフレーションのリスク自体については、昨年、新型コロナウイルスによるサプライチェーンの混乱を受けた製品の供給不足や、原油の需給バランスの悪化などが問題となっていたころから話題にのぼっていましたが、今年2月のロシアのウクライナ侵攻に対して各国政府がロシア産原油の輸入禁止を検討し始めると、原油供給不足観測から原油価格が一時1バレル130ドルを超える大幅高となりました。そして、この原油価格の高騰が1970年代型のスタグフレーションを引き起こすとの懸念が急速に台頭してきました。冒頭の相談もそのような中で受けたものです。
スタグフレーションに対して金融資産を守るにはいくつか方法がありますが、逆にスタグフレーションが発生しなかった場合には、相応のコストがかかることになるため、現状をしっかりと把握し、リスクがどの程度高いのかを認識しておくことが大事です。
ここでは1970年代のスタグフレーションを取り上げて、当時と現在の共通点と相違点について述べることにします。話が難しくならないようにしていきたいと思います。
まず、共通点ですが、1970年代のスタグフレーションについては、1973年の第四次中東戦争や1979年のイラン革命など中東情勢の激変にともなって、産油国が原油価格を引き上げたことからオイルショックが発生し、エネルギー価格の高騰によって景気後退と物価上昇が同時に起こる展開となりました。2022年もウクライナ戦争によるロシア産の原油や天然ガスの供給懸念がエネルギー価格の高騰につながっており、戦争や地政学リスクといった共通点が見いだせます。さらに原油だけでなく、小麦についてもロシアとウクライナによる輸出が途絶えれば大幅な供給不足になることから物価上昇圧力となっています。
ちなみに、このようなショック時にも、インフレ期待のコントロールというのは重要なようです。以下は U.S. Bureau of Labor Statistics (米労働省労働統計局)に掲載されていたカーター大統領(当時)の発言です。
ほとんどの企業はコストが上昇すると予想して価格を引き上げる。労働組合はそれが起こると予想しているため大幅な賃上げを求める。これがいったん始まると、賃金の価格がお互いに上昇を繰り返す。まるでサッカースタジアムの群衆のよう。座った方がよく見られるのに、誰も最初に座ろうとしない。
すでに1970年代から、インフレ抑制にはインフレ期待のコントロールが必要という概念があったのですね。3月3日の議会証言でパウエルFRB議長は15-16日に開催されるFOMCでの0.25%の利上げを支持する姿勢を表明しましたが、FOMC後の記者会見ではどのように金融市場のインフレ期待をコントロールするかが注目されます。
では、相違点は何でしょう。1つは原油の供給規模です。ロシアの原油生産は世界の1割強を占めておりインパクトは大きいですが、1970年代のOPEC(石油輸出国機構)の影響力には及びません。もう1つは、現在の世界一の原油生産国は米国という点です。かつては米国も原油の純輸入国でしたが、今では国内のエネルギー生産と消費がほぼ一致しており、幾分の輸出超ですらあります。原油高は消費者にとって増税のようなもので、米国でもガソリン価格の上昇によって実質的な可処分所得が目減りしていますが、一方で原油生産側は収入増となるため、国全体としては、ガソリン代の上昇分だけ消費者の懐から生産者へお金が移動しているとみることができます(日本の場合は話が異なり、消費者の懐から出たお金は産油国に渡ります)。
そう考えると、特に米国にとっては、必ずしも現状が1970年代の再来というわけではなさそうです(ただし、欧州は米国よりも厳しい展開になるかもしれません)。原油高による国全体としての経済的な打撃は懸念されているほど大きくはなく、過去のオイルショック時と比べると耐性がありそうです。さらにこの先、ウクライナ戦争が停戦に向かい、対ロ経済制裁が解除されることになれば、原油価格は急速に反落し、スタグフレーション・リスクは大きく後退することが考えられます。
これらを踏まえると、ウクライナ戦争がどのくらい続くか、それによってエネルギー価格とインフレがどのくらい上昇するのか、米FRB(連邦準備理事会)がどの程度積極的に利上げを行うか、の3つがスタグフレーション・リスクを重視してコストをかけてヘッジするかどうかのポイントとなります。昨年の秋ではなく、すでに原油など商品価格が上昇しているところからどうするかという点も検討材料の1つとなります。戦争の期間を予想するのは難しいですが、物理的に長期戦にはなりにくそうであり、クライマックスが来るのはそう遠くないかもしれません。これらを考慮してポートフォリオを組んでいくことが大切です。