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ベンゾジアゼピン・コラム - 睡眠負債と不眠症治療のジレンマ [Free full text]

昨今、「睡眠負債」という言葉が広く知られるようになり、睡眠時間の短さがもたらす様々な弊害についての認識が高まってきました。

確かに、十分な睡眠を取ることは、心身の健康にとって非常に重要です。しかし、不眠症などの睡眠障害に悩む患者さんーー「眠りたくても眠れない」人々にとっては、このような情報はプレッシャーにもなりえます。治療者側にもまた、短期的に結果が出る治療を志向させる圧力になりうるような気がしています。

不眠症で悩む患者さんにとって、睡眠薬を用いた薬物療法は、もっとも短い期間で、実感できる成果を上げることができる解決策です。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬は臨床の場で広く長く使われてきた、有効性においては実績がある薬物群ですが、依存性や認知機能への影響、転倒や骨折などのリスクが伴うため、処方適応を慎重に考慮する必要があります。
デエビゴ(成分名:レンボレキサント)やベルソムラ(成分名:スポレキサント)のようなオレキシン受容体拮抗薬はベンゾジアゼピンが持つ短所のいくつかを克服した新しい系統の睡眠薬ではあるものの、年単位で服用した場合の安全性は確立していません。「デエビゴなら(ベルソムラなら)一生服用していてよい」というのは、何か違うような気もします。

治療者は、不眠症患者の治療に際して、理想と現実のバランスを取りながら治療法を選択する必要があります。治療を受けていない不眠症患者と、睡眠薬を服用して眠れるようになった不眠症患者における長期的・総合的なメリットとデメリットを比較した研究は寡聞にして存じませんが、「眠れないのは良くない」、しかし「睡眠薬を長期的に服用するのも良くない」という事実は両立しそうです。

ガイドライン的には、認知行動療法(CBT-I)や睡眠衛生指導などの非薬物療法が、不眠症の第一選択治療として推奨されています。これらの治療法は、依存性や副作用のリスクを伴わず、患者さんが長期的に健康的な睡眠パターンを築くのを助けることができます。しかしこうした非薬物療法は「安定供給」が見込めず費用も安くはないため、すべての患者さんが常にアクセスできる治療法ではありません。治療者としては、与えられた環境の中で、患者さん一人ひとりの状況や要望に可能な限り即した治療を探っていくしかありません。たとえそれが「less bad」な治療になってしまうにしても。

不眠症の治療においては、患者の生活の質や心身の健康を向上させるために、睡眠薬の使用を完全に排除するのではなく、それを含む多様な治療選択肢を検討し、個々の患者さんの「最適」にできるだけ近づけるよう治療計画を立てることが重要です。睡眠薬しか治療オプションが無い場合でも、投与期間や用量に関する工夫を重ねながら試行錯誤を続けていくしかありません。

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