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【感想】ミラノ工科大での学びとともに共感しました。『エンジニアのためのデザイン思考入門』

読みました。「エンジニアのための」とありますが、東工大生向けのデザイン思考のワークショップの紹介がメインになっている印象です。

一言で感想を言うと、

『とっても共感!ミラノで学んだ気付きや問題意識が思い起こされました。』

1. アカデミアと社会はつながるべき

日本のアカデミアは、残念ながら社会(=ビジネスの現場)との距離がありすぎるように私も思います。アカデミアは、研究を本分としていますが、そこで生み出された最先端の知見は、本来、様々な形で現実社会に応用されてしかるべきでしょう。実際に、この本の著者である東工大の齊藤先生は、スタンフォード大学d-schoolでの学びにそのことを痛感されたようです。特に、ご自身の研究のシリコンバレーでのピッチトークに対して、投資家が興味を持ってくれ、「明日の予定はあいているか?」と聞かれたというスピード感・勢いには圧倒されたと先生は振り返っておられます。
「学術やテクノロジーと市場の距離がなぜこんなに近いのか?」
「分野の異なる複数の人たちがなぜうまくコミュニケーションしながらプロジェクトを進めていけるのか?」
こういった疑問を持たれたといいます。

私自身も、ミラノ工科大学の戦略デザインコースに留学していた際、似た感想を持ちました。デザインのアプローチには、こういったスピード感があります。加えて、アカデミアの社会(=ビジネスの現場)との距離感の近さを感じました。

2. デザイン思考を共通の文化にする

これは、現在、私がデザイン経営に関するコンサルティングのプロジェクトをさせていただく中でも日々感じていることととても重なりました。
「デザインシンキングなんて糞食らえ」という記事がとても人気です。

「デザインシンキング」という言葉が、IDEOによってあまりにも「方法論」的に語られてしまったこと(また、マーケティングがとても上手だったこと(アメリカ企業は上手ですよね)で、こういった「糞食らえ」的な論調も出るのでしょう。私もこの点はよく理解できます。実際に、イタリアでも、アメリカのデザインシンキングなんて「che cazzo!」と言われていました(笑)そんな論調もあってか、今では「デザイン思考のその次」なんていうことで、やっとこさミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ先生らが唱えてきた「デザイン・ドリブン・イノベーション」や「意味のイノベーション」の話が日本でも脚光を浴びるようになってきました。イタリア人からすれば、「Va bene! e naturalemente!」という感じでしょうか。
デザインシンキングは、元来は単なる方法論的なものではなく、文化そのものであるはずです。方法論が普及した今、次のフェーズとしては、デザインシンキングを文化として育んでいくフェーズに入ってきているということでしょう。

デザインシンキングの「その次」に行く前に、きちんと本来の意味を問い直して経営の中でいかにデザインの本質をインストールできるか、文化として根付かせることができるのか、それを本格的に考えていくことが大切だと思います。

3 . 多様性の重視

これは、日本では「苦手?」にように思いますが、とても重要なテーマだと思っています。多様性の議論は、経営の文脈で様々に議論されていると思いますが、日本では、「女性の職場への参画」というレベルでの議論がこれまで多かったように思います。そういったレベルの議論ではなくて、多様性というのはどういう多様性なのか、どうすれば、多様性をイノベーションに繋げられるのか、それを本格的に議論し、実践していくことが大切だと思っています。

Ciao grazie! 

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