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【35】ジェンダー平等、もう一つの道(1) ダブルスタンダードでいい


男女は同質ではない

 第1部も含めてこれまで34本の記事を書いてきた。この辺りで、世に言う「ジェンダー平等」というものについての私なりの考え、その大枠を示しておきたい。
 
 まず前提として私はこう思っている。
 
・性別というのは人間にとって宿命の一つであり、人は自分がどの性別に生まれつくかを自分で選ぶことができない。
・そうである以上、男性に生まれても、女性に生まれても(あるいはそれ以外の性に生まれても)誰もがそこそこ幸福になれる条件が整った社会でなければならない〈注1〉。
 
 これにはだいたいの人が同意してくれると思う。問題はそれをどう実現するかである。
 
 現在欧米を中心に世界的に推し進められている「ジェンダー平等」の動きは、「性別に伴う困難のない社会、あらゆる面で男女の不均衡がない社会を目指す」という方向でこの課題に対処しようとしているように思われる。

 これは一見、正論であるように感じられる。明解でわかりやすくもある。でも、この方向性には原理的に無理があると思う。男女は同質の集団ではないからだ。

 
男女が全ての面で同じであるのなら、「社会のある領域では男性が多数派に(または有利に)なったり、また別の領域では女性が多数派に(または有利に)なる、といった不均衡はおかしい」という理屈は成り立つだろう。
 しかし私がこの連載で長々と論じてきた通り、また誰もが日常的に実感している通り、男性と女性は同質の集団ではないのだ。そもそも男女があらゆる面で同じなのだとしたら、人間社会には最初から「男」とか「女」という概念自体が生まれていないはずである。

 第1部からの議論も踏まえつつ、男女の差異についてここで改めてまとめてみよう。

男女は身体的な特徴が明確に違う

 まず男性と女性とでは生殖器の形態と機能が決定的に異なる。生殖器は基本的に男性器と女性器のどちらか一方の形態しかとらない(「性分化疾患」と呼ばれる、男性器と女性器の中間的な形態の性器を持って生まれてくる人もいるが、割合的には非常に少数である)。
 
 男性器では精子が作られ、女性器では卵子が作られる。というより、小型の配偶子(精子)を作る個体を「オス」、大型の配偶子(卵子)を作る個体を「メス」とみなすのが生物学上の定義である〈注2〉。また人間は哺乳類の一種であり妊娠・出産ができるのは女性だけだし、母乳を分泌できるのも女性だけだ。
 さらに、男性と女性では人生の中で生殖可能な期間が大幅に異なる。個人差はあるものの、女性の妊孕性(にんようせい:妊娠する力)は20代がピークで35歳を過ぎると顕著に低下していく〈注3〉のに対し、男性は40代や50代になっても生殖能力を維持できる人が少なくない。
 
 それ以外の身体的特徴も大きく異なる。同じ人種間であれば、平均的に言って男性の方が身長が高く体格が大きい。それに伴って一般的に筋力も持久力も男性の方が優れている。また男性の方がヒゲや体毛が濃く、声が低い。一方、見た目は男性の方が頑強であるにも関わらず、平均寿命は世界中のほぼ全ての地域で女性の方が長い。

男女は心理的な特徴もかなり違う

 身体的な性差は、例えば「同じ人種間であれば、ほとんどの男性はほとんどの女性より背が高い」とか「ほとんどの女性はほとんどの男性より声が高い」というようにかなり明確である。それに比べると心理的な性差というのは個人差が大きく、つかみどころがないと感じる人もいるだろう。

 だが、気質や興味の対象や性行動においても男女差はたしかにある。これについては第27回で詳しく論じたので、ぜひそちらを読んでいただきたいのだが

 私の考えを再度述べると以下の通りである。

・心理的な性差については、男女の側ではなく「性質」の側を主体にして捉えるのが正確な理解
・性差とは「個々の性質ごとに観察される男女比の偏り」のこと

 例えば男性が興味を惹かれがちな対象の一つとして(銃や戦車や戦闘機といった)軍事兵器があげられるが、「ほとんどの男性は銃マニアである」とか「男性は一般に戦車が好きだ」と言ったら、これは明らかに事実に反する。正確に言うとこうなのだ。「全ての男性が軍事マニアであるわけではないが、銃や戦車や戦闘機に夢中になる人は女性より男性の方がはるかに多い」。

 女性についても同様である。例えば女性が興味を惹かれがちな対象の一つとして、ミュージカルや舞台の観劇があげられるが、「ほとんどの女性は劇団四季のファンである」とか「女性は一般に宝塚が好きだ」と言ったら、これもまた事実に反する。正確に言うなら「全ての女性がミュージカル好きなわけではないが、劇団四季や帝国劇場や宝塚歌劇団の公演に夢中になる人は男性より女性の方がはるかに多い」となるだろう〈注4、5、6、7〉。

 気質や性行動についても同じことが言える。

・全ての男性が暴力的なわけではないが、暴行や殺人といった事件を起こす人は女性より男性の方がはるかに多い
・全ての男性が性犯罪を起こすわけではないが、痴漢や盗撮やレイプといった事件を起こす人は女性より男性の方がはるかに多い

 というように。

 人は男性も女性も実に多種多様なので、銃マニアでかつ劇団四季ファンの男性もいるかもしれないし、宝塚ファンでかつ戦闘機マニアの女性だっているかもしれない。

※ これに近い例をあげれば、最近ウクライナ情勢の解説者としてよく見かける防衛相防衛研究所の高橋杉雄さんは、軍事の専門家であると同時にフィギュアスケートの大ファンでもあるそうだ(本人がtwitterで言っていた)。

 第27回でとりあげた神経科学者ダフナ・ジョエルの言うように、人間の脳は男性的な特徴と女性的な特徴がモザイク状に入り混じっているのが普通であり、男性的な特徴しか持たない人や女性的な特徴しか持たない人の方がむしろ稀なのだ。
  
 ただ、上に例示したように個々の「性質」に注目してみると、それぞれごとに男女の分布割合には偏りがあり、これはおそらく脳の生得的な男女差によるものなのではないかと思われる〈注8〉。
 
 人間の脳には様々な性質が発生するが、その中には男性の脳に発生する確率が高いものもあれば、女性の脳に発生する確率が高いものもある、ということではなかろうか(したがって「性差とは、個々の性質の、男女間での発生確率の偏りのことなのだ」という言い方もできると思う)。男女は心理的な特徴においても、やはり同質ではないのだ。

無理に同じ基準をあてはめなくていい

 今、男女平等をめぐる議論には多くの混乱が見られるが、それはほとんどの場合、男性と女性という身体的にも心理的にも同質ではない集団に対し、素朴に同じ基準をあてはめたり、素朴に同じパフォーマンスを求めてしまうことに原因があるように思う。
 
 ジェンダー関連の論争では、何かを判断するにあたって男女で異なる基準を適用するような発言をすると、すかさず「ダブルスタンダードだ!」「性差別だ!」と批判されるのが常である。しかし、私はそうした二重基準的な態度が常に全面的に間違っているとは思わない(間違っている場合も少なくないとは思うが)。

 男女が様々な面で性質の異なる集団である以上、時と場合次第で異なる基準が適用されるのはむしろ正当なことではなかろうか。
 「ある場面では男性に有利な基準が採用され、また別の場面では女性に有利な基準が採用される、しかし世の中全体で見ればどちらかの性が一方的に得をしているわけでも損をしているわけでもない」、そうした社会でありさえすれば良いのではないかと思うのだ。
〔次回に続く〕



〈1〉第1回でも触れたが、この連載は「身体的性と性自認が一致しており、かつ異性愛者である」という人口の多数派の人々について考えることが目的なので、「それ以外の性」つまりトランスジェンダー等をめぐる議論には深く立ち入らない。

〈2〉オスとメスの違いについては第5回と第6回で詳しく扱った

〈3〉『生殖医療Q&A Q22.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?』一般社団法人 日本生殖医学会http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa22.html

〈4〉これについては「特に宝塚や2.5次元ミュージカルなどは最初から女性客をターゲットにした興行なので、観客の女性比率が高くなるのは当然のことではないか」という指摘があるかもしれない。しかし、私はそもそも女性向けのエンターテイメントが成立するという事実自体が「女性的な好み」が存在することの証だと思う。

〈5〉ミュージカルファンだという男性が、劇場・公演ごとの客層について以下の記事を書いており面白い。いかに男女比の偏りがすさまじいかがわかる。
『男の目線で劇場・公演ごとの男性客割合を比較してみる。帝劇・宝塚・シアタークリエ・2.5次元』ART CONSULTANT、2018.1.1
https://artconsultant.yokohama/mantheateraudience/

〈6〉ホリプロの元社長、堀義貴氏によると、海外の劇場の観客は日本ほどには女性ばかりに偏っていないようだが、それでも「どこの国も劇場に来る男性客は多くはない」とのことである。
『ミュージカルの話をしよう 第20回 堀義貴が問いかける、「あなたの人生を左右するものは何か」』ナタリー、2022.8.15
https://lp.p.pia.jp/article/news/241603/index.html

〈7〉以下の記事によると、ブロードウェイの2018年6月から2019年5月までの1年間の観客のうち68%が女性だったという。
『The Demographics of the Broadway Audience 2018-2019 SEASON』The Broadway League
https://www.broadwayleague.com/research/research-reports/

〈8〉第23回~28回、第32回で脳の生得的な男女差について検討した

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