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舞台 「岸辺の亀とクラゲ-jellyfish-」 観劇レビュー 2021/03/13

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【写真引用元】
ウォーキング・スタッフプロデュース公式Twitter
https://twitter.com/walkingstaffpro

公演タイトル:「岸辺の亀とクラゲ -jellyfish-」
企画:ウォーキング・スタッフプロデュース
劇場:シアター711
作:牧田明宏
演出:和田憲明
出演:南沢奈央、岡田地平、若林宏二、井上華那、白勢未生、阿岐之将一
公演期間:3/6〜3/14(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:舞台美術、会話劇、胸糞悪い、戯曲
個人評価:★★★★★★★★☆☆


和田憲明さんが演出を手掛けるウォーキング・スタッフ・プロデュースの公演で、牧田明宏さんが10年前に書き下ろした脚本「岸辺の亀とクラゲ」の10年ぶり2度目の上演。
物語は、アパートに住む辻さゆりという中学の英語教師をする女性の周りで、様々な奇妙な出来事が同時進行で起きていって、次第にそこにさゆりも巻き込まれていって恐ろしい事件に繋がるという話。
その奇妙な出来事というのが、最初は万引を目撃しただったり、酔っぱらいが家を間違えて転がり込んで来るみたいな些細な事なのだが、次第にそれらが伏線となって事件になっていくという感じ。劇中で登場する会話の内容の多くが伏線になっていて、後で回収されていく辺りは凄く物語としてよく出来ていて惹き込まれた。
そしてキャスト陣が全員演技力が高くて非常に見応えがあった。特にさゆりを演じる南沢奈央さんの、真面目でしっかりしていて若手教師っぽさを感じさせる演技が凄く良かったり、さゆりの友人の主婦関根奈々役を演じた白勢未生さんの、あの凄く明るくて感じが良さそうだけど背後に闇を抱えていそうな感じが凄く伝わってきたり、さゆりの住むアパートの3階に住む田宮学というオヤジを演じた若林宏二さんの、あの遊び歩いてそうな脳天気なダメ男感が凄く良かった。
また舞台美術も凄くクオリティが高くて、さゆりのアパートの生活感のある様子を上手く舞台装置で表現しているのと、何と言ってもベランダのクオリティが最高に良かった。本当にベランダがあるようで作りものである感じが殆どなかった。
物語の進行が凄くさゆりの勤める学校で起きることやさゆりの過去のことも絡んできて、教員をやっている方は結末を知ってダメージを受けるかもしれないが、人間の恐ろしさや気持ち悪さを上手く描いた作品だと思うので、その系統が嫌いでない人にはオススメしたい作品。

スクリーンショット 2021-03-14 4.29.18

【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419111


【鑑賞動機】

和田憲明さんという演出の方は以前から名前は知っていたのだが、作品を観たことがなかったので今回を機に観てみたいと思ったから。脚本もなかなか上演されることがないが、凄く高評価を受けている戯曲だったので観てみることにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

午後9時過ぎ、アパートの一室。そこは中学校の英語教師をやっている辻さゆり(南沢奈央)が暮らす部屋。さゆりの彼氏である会社勤めの浦野啓介(岡田地平)がさゆりのアパートに来ている。さゆりは仕事先の中学校から帰っていない。浦野は洗濯物として干されているさゆりの肌着などを触るなりフラフラしている。
さゆりが帰ってくる。さゆりは何かに怯えるようにしていた。浦野が事情を聞くと、どうやらさゆりは近所のSEIYUでメガネのかけた気持ち悪いオバさんが、万引きをしている様子を目撃したらしい。それを見て見ぬふりをして慌てて帰ってきたのだとか。
その後、さゆりは職場の中学校での出来事の愚痴をこぼす。職場には坂口という男性の先輩教員がいるらしく、その坂口に帰り際に捕まってしまって長話を聞く羽目になったとか。坂口の思い描く教育理念の話になったり、セクハラをされたりするそう。

さゆりと浦野はどんどん話が弾んできて楽しくなってイチャつき始める。付き合ってそろそろ3年といった所らしく、数ヶ月後には結婚も控えていた。浦野が好きなベランダでの性行為を始めようとしたその時、玄関のチャイムが鳴る。こんな時間に誰が来たのだろうと2人とも訝しむ。
浦野が玄関の扉を開けると、見知らぬ酔っ払ったオヤジが侵入して来た。オヤジは家に上がりこんで座り込む。怖がるさゆりに、どうしたらよいか呆然と立ちすくむ浦野。オヤジは部屋に置いてあった未開封のビールを開けて飲み始める。そしてトイレに転がり込んで嘔吐し始める。”サイアク”といった表情をするさゆり。
トイレから出てきたオヤジに水を飲ませる浦野、そしてようやく酔いから覚めて正気に戻るオヤジ。部屋の中に知らない男女2人がいることに気づいたオヤジは、浦野と取っ組み合いを始めそうになる。
酔の冷めたオヤジに身元を尋ねた所、オヤジは田宮学(若林宏二)といってさゆりのアパートの上の階の302号室に住んでいるらしい。さゆりのアパートは202号室だ。
浦野が田宮を上の階まで届ける。

田宮が帰ると、さゆりは田宮への文句を様々に垂らす。特に汚したままになっていたトイレに関して、さゆりはキレていて浦野に掃除を頼んだ。
そこへ再びチャイムが鳴る。現れたのは田宮の同居人の赤羽恵美(井上華那)という若い女性だった。赤羽は、田宮が2人に迷惑をかけたことを謝罪にやってきた。
その時赤羽は、さゆりにお久しぶりですと声をかける。どうやら赤羽はさゆりの元教え子だったらしく、赤羽は進学校には進まずに地元の高校へ進んだと言う。その進路先をさゆりはどうやら覚えていないようだった。
さゆりは赤羽へ叱りつける。あんなロクでなしのオヤジと暮らしていないで、早く出ていってもっと良い男性の元で暮らしなさいと。赤羽は帰っていく。

暗転

午前11時過ぎ(おそらく)、さゆりの住むアパート。そこにはさゆりと、さゆりの友人で主婦をしている関根奈々(白勢未生)が居た。
どうやら先程、さゆりは外で白いワゴン車に足をぶつけられたらしくびっこを引いていた。
さゆりは、先日起こったSEIYUの万引きのことについて関根に尋ねる。どうやらさゆりが目撃した万引きというのは、関根が万引きをした犯行のことだったようだ。
関根は万引きしたことを認め、あの時が最初ではなく何回も万引きをやっていることを告げる。しかし、このことは誰にも喋らないようにと口止めをされる。
関根はそれに関連して、誰かに殺されそうになっているらしい。先ほどさゆりが白いワゴン車で足をぶつけられたのも、本当は関根を狙ってのことだったと言う。以前も関根が外を歩いていると、頭から植木鉢が落ちてきて危うく当たりそうだったらしい。
そして、ベランダからその関根を殺そうとしている人間が住むアパートが見えるという。そのアパートの住人がこちらを見ているから注意しなければなのだとか。

そこへ田宮が部屋にやってくる。
田宮は自分のことを語り始める。どうやら田宮は映像作家をやっているらしく、憧れの作品がこの辺りをロケとして使っており、それがきっかけとなってこの辺りに住んでいるのだとか。
今度は中学校の職場先の先輩である坂口(阿岐之将一)がやってくる。坂口は、学校以外ではマスクを付けないんですねや、徹底的なアルコール消毒をしてさゆりの生活感の様子を観察する。そして、教育理念の考え方における話をしに来たのだと言う。今ここでですか?というリアクションをするさゆりだが、そこから教育の話となり、教師はみんな孤独だから教員同士での結婚が多いのだと語りだす。

関根も坂口も帰っていき、田宮も赤羽の迎えが来た所で帰っていく。

ここで5分間の換気を挟んだ休憩が入る。

昼過ぎのさゆりのアパート。さゆりは家を留守にしており、アパートには関根と坂口が上がり込んでいた。どうやらさゆりは、生徒が万引きをしたらしくてその対応に当たっているらしい。
坂口は、さゆりと浦野がベランダで性行為する映像を入手しており、パソコンで再生していた。ベランダにさゆりを引きずり出して性行為を求める様子を見て、坂口も関根も浦野に引いていた。
そこへ浦野がやってくる。浦野は何気なくさゆりが以前SEIYUで万引きする気持ち悪い女性を目撃したということを口にする。それを聞いた関根は、さゆりに口止めさせていたはずの万引きのことが口外されていることを知り、その万引きした女性とは私のことですと浦野に言う。浦野は驚く。

関根と坂口が部屋から立ち去り、浦野は部屋で一人になる。
そこへ、全て荷物をまとめた赤羽がやってくる。赤羽の顔は暗く重たそうな様子である。赤羽は田宮の元から出ていこうと決意したと言うが、行く宛はないと言う。
浦野は自分の住まいに来ることを進める。仕事先はそこから通えるし、一緒に暮らそうと言う。
その優しい言葉に寄り付くように、赤羽は浦野の横にそっと座る。そして触れ合い、浦野は赤羽の頭にキスをする。

そこへさゆりが戻ってくる。教え子の万引きが「クラス委員をやりたくないからやった、人殺しをした方が良かったかも」と言っている発言に意味が分からないと苛立っている。
浦野と赤羽が2人でいることにキョトンとするさゆりに、浦野は事情を説明する。赤羽は田宮の家を出ていくことにしたこと、ここまでは何も問題はなかったのだが、浦野は仕事を辞めてきたことを打ち明ける。浦野の会社の上司が過労死してしまったが、その葬式に自分は出席できなかったことが理由である。仕事のノウハウを一から教わった上司の葬式に出席させてくれない会社に嫌気が差して辞めてきたのだとか。
そして、浦野は赤羽を連れて彼女と暮らすことをさゆりに告げ、それはさゆりと浦野が別れることを意味した。
また、AV映像に浦野とさゆりのベランダでの性行為映像が流れていることも話した。坂口がその映像を撮影した模様だが、さゆりは坂口がそこまでするかは疑問だと思っていた。もしかしたら田宮がアパートに来たタイミングで盗撮したのではないかと思う。
さゆりは状況が急過ぎて何も理解出来ないまま、浦野と赤羽が出ていってしまう。

頭の中が混乱しているさゆりの元に関根と坂口がやってくる。さゆりは坂口に対して、なぜずっとここに居たのですかと追求する。坂口は出ていく。
そして関根はさゆりに、万引きのこと話してたんですね、あれほど口止めしたのにと呟く。万引きのことは誰にも話してないとさゆりは否定するが、浦野から直接聞いたと関根はさゆりに伝えるのだった。

暗転

昼過ぎ、アパートには関根が一人寝そべっていた。外はパトカーの音で騒々しい。どうやらさゆりの職場の教師が殺害されたらしく、そのことに関して事情徴収でさゆりが警察に呼び出されてさゆりは留守にしていた。
関根のスマホに仕切りにかかってくる電話に対して、「死ね」とだけ囁いて電話を切る関根。関根は自分を殺そうと迫ってくる存在に怖くなってさゆりのアパートに避難している様子だった。

さゆりがアパートに戻ってくる。浦野と別れたり、警察沙汰になる事象が増えていて精神的に疲弊していそうな様子のさゆり。警察に坂口を殺したのはさゆりではないかと疑われているようである。関根は万引きを人に話したことを今でも恨みとして持っていて、さゆりにぶつけてくる。
そこへ今度は田宮がアパートに入ってくる。田宮は昨晩家に帰ってこなかった赤羽を探していた。赤羽はきっと202号室にいるのだろうと探しに来た田宮だったが、ここにはいないと言い張るさゆりに、じゃあどこにいるんだと尋問してくる。
田宮は赤羽の中学時代の卒業アルバムを持ち出してくる。そこには、さゆりの顔写真にだけ×が書かれていた。田宮はこの×印から、中学時代の赤羽に何かしただろうとさゆりに問い正してくる。

そこへさゆりの家に電話が、そして関根のスマホにも電話が鳴る。2人は同時に電話を出る。さゆり宛には警察から坂口殺害に関することで容疑が晴れず尋問される。一方で関根はずっと殺そうと追いかけてくる存在から脅迫の電話。2人とも恐怖から感情的になって、お互いの電話の声に対して「うるさい」と言い合う。
2人が電話を切ると、執拗に赤羽の居場所を答えるように迫る田宮に対してさゆりは怒り出し、包丁を向ける。卒業アルバムの×印を見てさゆり自身が行ってしまった辛い過去を思い出したからだろう。さゆりは包丁で田宮の手を切りつけ、田宮は痛がりながら「何するんだよ!」と叫び散らす。
その間に、関根は電話で脅迫して殺そうとしてくる存在が恐ろしくて逃げたい一心となって、一層のこと自殺してしまった方がマシと思いベランダから飛び降りる。

赤羽がアパートにやってくる。赤羽は忘れ物を取りに来たと戻ってきたらしい。そこへ中学校の卒業アルバムが広がっているのを目にする。
赤羽は、自分は本当は進学校に行きたくて勉强を頑張っていたのにも関わらず、テストでカンニングされたことを当時担任だったさゆりに疑われ、そのために赤羽が進学校に受験することを禁止されていた過去を告げる。それから自分は地元の高校に進学して間違った人生を歩んでしまったのだと。自分をこんな人生にしてしまったのはさゆりなのだと訴える。

暗転。
暗転中は音声で、赤羽とさゆりの過去のテストのカンニングが疑われた時の様子が流れた。赤羽はしきりにカンニングをしていないと主張するが、さゆりはそれを否定し赤羽に対する信頼を失ったとして進学校への受験を認めないと言っていた。

202号室のアパートには、失業したのか髪の毛ボサボサでジャージを着た姿の変わり果てたさゆりと、2階から飛び降りたものの首を骨折していて命に別状はなかった関根、そして田宮が共同生活をしていた。みんな目が死んでいて活気がない。
浦野がスーツ姿でやって来る。浦野は赤羽が失踪したらしく彼女を探していた。3人は知らない顔をしている。部屋の奥にある押入れが怪しいと思って開けた途端、そこから白いスモークが吹き荒れていた。おそらく赤羽は殺害され、そこに死体を閉じ込められていたのだろう。ここで物語は終了。

とてつもなく人間の恐ろしさを感じさせる脚本だった。この作品に登場する人物全員が恐ろしい人間に感じられる。特に序盤では、さゆりや浦野はまともな人間でこのまま2人は結婚するかと思いきや、さゆりがここまで裏の顔を持った存在であったことは想像つかなかった。きっとこのさゆりという人物像は、観客自分自身と照らし合わせることが出来て、自分はいくら善人だと思っていても自分が全く気づかない箇所で誰かを傷つけたりしているということを暗に示していて、非常に自分への戒めにもなった。そして辛くも感じた。
また非常に伏線が沢山張られている作品でもあり、序盤に登場した些細な会話(例えば坂口というセクハラ教員の話や、田宮が映像作家をやっていてAVを撮るということなど)が後半の物語展開に重要な鍵となっているのも凄く面白かった。
この作品は非常に良く出来ている戯曲だと思う。戯曲の考察は後で記載するが、もっと多くの人に触れてほしい作品で、もっと沢山再演されて欲しい。

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【写真引用元】
ステージナタリー
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)

今作品は、非常に舞台装置と照明の使い方がとても好みだったので、その2つを重点的に触れながら、舞台装置、照明、音響、演出の順に見ていく。

まずは舞台装置であるが、全体的な印象としては以前観劇した山口ちはるプロデュースの「川澄くんの恋人」に近い。そうでなかったら失礼に値するが、みんなの私物をかき集めて生活感のある一つの部屋を作ったという感じがあって、よくテレビドラマとかで出てくるような綺麗になった部屋ではなく、非常に生活感溢れている点が凄く印象的で良かった。
細かい舞台装置のセットを説明すると、まず下手側奥には玄関へと通じるデハケが存在し、全てのキャストはこのデハケから入退場する。その手前側にはさゆりがおめかしする用の化粧品や鏡などが置かれたスペースが広がっている。
デハケの少し上手側には、田宮がゲロを吐くトイレが設置されていて、そのさらに上手側にはパソコンが置かれた小さな机が設置されている。
そしてその机より上手側は、今作品で一番注目されるべき舞台装置であるベランダがある。カーテンを開けてサッシを開けるとベランダが広がっており、そこには人一人立てるくらいの幅のスペースが存在する。このベランダが物凄くリアルであり、夜のベランダのシーンなどは後ろの暗幕が夜のように外を暗くしている感じが凄く良かった。ベランダの外側の壁も凄くリアルで完璧な舞台装置だった。
そして舞台中央手前には、テーブルとその上手側には2人ほど座れるくらいのソファーが置いてある。赤羽と浦野がキスするシーンのソファーである。ソファーにはクッションもいくつか置かれていて生活感が感じられる。
一番上手側には、布団などが収納されているであろう押入れが存在し、物語の最後で浦野がその押入れを開けるとスモークマシーンからの煙が出てくる演出になっている。
また、舞台装置上の要所要所に小型の照明器具が置かれていて、客入れ時はその照明器具のみ明かりがついており、薄暗く舞台装置の部屋の様子が分かる演出が素敵だった。

次に照明だが、特に印象に残っているのはベランダから差し込む日光をイメージした照明。夜は夜でもちろんそこから照明は差し込まれないが、日中のシーンではしっかりと昼間の太陽のような日差しが差し込む照明が素晴らしかったし、特に好きだったのは関根が飛び降りて、次第に夕方の日差しになっていくオレンジの照明が物凄く良かった。舞台上のシーンともマッチしていて凄く好きだった。
ベランダのクオリティも相まって、日中にベランダにさゆりと関根で出るシーンなんかは、本当にこのアパートの一室が外に面しているような作りになっていて、本当にその完成度に感激した。

そして音響だが、シリアスな作風であることとは裏腹にBGMはシャンソンのような喫茶店に流れるような小洒落た音楽だったというのが、なんともセンスを感じる。舞台美術に合わせにいった選曲だと思った。途中何箇所かこのシャンソンのような音楽が流れていたが、全て違う曲だった記憶。
また効果音も良かった。チャイムのレベルが絶妙だったり、外で鳴っているパトカーのサイレンや雨の音。そしてなんとも印象に残っているのは、赤羽とさゆりの過去のシーンが音声で流れた直後の明転後のシーンで、普段全く自炊のしなかったさゆりが台所を使って自炊している効果音が流れる点。あそこが個人的には本当に絶妙だと思っていて、あの自炊効果音が流れることで間違いなく今までとは生活感が変わったことを先に明示しているからである。なぜなら、それまでさゆりは自炊をしない人間だったから。その効果音の後に変わり果てたさゆりが入って来る(この時のさゆりが一瞬赤羽かと思った。これも演出の狙いかもしれない)あの演出は完璧だと思う。

最後に印象的だと思った演出部分について触れたいと思う。
まず特筆したいのは、作品全体の世界がコロナ禍の世界として描かれている点である。この脚本が書かれたのが10年前で原作にはコロナ禍は登場しないので、この時期に上演されるということもあって、コロナ禍の世界として少し潤色されているのであろう。さゆりと坂口のマスクつけるつけない問題のシーンや、念入りに消毒するあたりなどは付け加えられた箇所だろう。敢えてコロナ禍の世界にした理由はなんだろう。この作品のテーマが現代の日本でも通じるような普遍的なテーマであることを強調しているようにも思える。
あとは、さゆりと赤羽の過去のカンニング事件を音声で流した演出も印象的だった。暗転中に音声だけ流れるので想像力を物凄く掻き立てられる。またさゆりが非常に心無い言葉を浴びせるのも聞いていて胸糞悪くなる。
こういった想像力を掻き立てられるシーンが他にも沢山あった印象。例えば、関根が万引きをしている姿を見て見ぬふりをしたとか、ベランダでこっちをジロジロ見ているアパートの住人の話とか、そういったシチュエーションの面白さが観客を上手く惹き付けている感じがした。
それと、ナレーションであった洪水の話。こちらに関しては、舞台の考察で触れることにする。

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【写真引用元】
ステージナタリー
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

小劇場演劇の会話劇ということもあり、役者の演技を間近で体感出来るってやっぱり最高。今回の6人のキャスト全員の演技力の高さに本当に圧倒された。今回はキャスト6人全員に触れていく。

まずは主人公の辻さゆり役を演じた南沢奈央さん。テレビでも活躍される女優の南沢さんの演技を拝見するのは初めて。さゆり役の演技を観て思ったことは、非常に従順な真っ直ぐな女性を演じるのが上手いキャストだと思った。しかし、最後のシーンでは完全に窶れてしまった女性となっていて、この女優、なんでもいける口だなと感じた。
特に印象に残っているのは、関根との同時に電話に出て怒りを顕にするシーン。あの時の怒りのバロメーターがバチンと上がった時の「うるさい!」の一言が強烈過ぎて、とても印象に残っている。迫力も物凄くあったし、空気感を上手く作れる役者だと感じた。

次に辻さゆりの彼氏である浦野啓介役を演じた岡田地平さん。この俳優さんは、自然な男性を演じることが得意であるように感じた。浦野の役って普通に会社員やっているサラリーマンで、途中仕事をいきなり辞めるが上司の葬式に出させて貰えない薄情さが理由だとわかって至極真っ当な男性。たまに一人でいる時に女性の肌着を触ってみたり、ベランダで性行為をするのが好きだったり変わったフェチはあるものの射程圏内。
そういった普通の男性を演じる役が物凄くハマっていた。凄く男らしくないコメントかもしれないが、印象に残ったのが赤羽に優しく語りかけるシーンで、田宮の家を出ていく時に赤羽にタメ口で優しく声をかけながら惚れさせる点が凄くイケメンに感じた。それ以外はごくごくその辺りの男性を観ているようなナチュラルな男性だった。

次に酔っぱらいオジさんの田宮学役を演じた若林宏二さん。最初酔っ払って間違えてさゆりの部屋に入ってきてしまった時の、あの本物の夜っぱらいのような歩き方、喋り方、何もかもがリアル過ぎて完璧だった。若林さん以外のキャストも含めて、あの序盤の酔っぱらい乱入シーンの空気感は完璧だったと思う。
そしてまた、さゆりと田宮が2人で日中話をしていて、田宮が自分のことについて語り出すあたりが、これまたアドリブなのか台詞なのか分からないくらい自然な内容だった。凄く洗練されてハマった役だと思った。本当に演技が素晴らしかった。

そして今回のキャストで最も推したいのが、関根奈々役を演じた白勢未生さん。白勢さんは東宝芸能所属で箱庭円舞曲の劇団員の女優の方。いや、この方の発するオーラというか迫力が素晴らしかった。
まずメガネをかけていて、小洒落た衣装を身にまとっている少し歳を取った感じのある様相だが、声が物凄くハキハキしていて役の作り方が確立されていて素晴らしかった。そして特に称賛したいのが、裏に闇を秘めている感じが物凄く伝わってきて、あのオーラの出し方が絶妙過ぎて素晴らしかった。
特に、さゆりに対して万引きのこと話したでしょと刺してくる辺りがとても恐怖を感じた。凄く絶妙で上手かった。普通に箱庭円舞曲の作品で演技を観たいと思った。

赤羽恵美役を演じた井上華那さんは、歳も若くて今どきの女優といった感じ。どうやらTiktokの総再生回数が5000万回超えであり、ダンサーとして注目されている女優である。
今作品ではダンサーとしての腕が観られる箇所はなかったが、凄く明るくて真っ直ぐな女性なのに、ダメな男と暮らしてダメな生活をしてしまっている感じが凄く哀れに感じてしまった(良い意味で)。
特に印象に残っているのは、何といっても浦野とのシーン。浦野に優しい言葉をかけられてゆっくりと荷物を床に置いて、そして浦野の横に座るあの瞬間が堪らなく好き。

最後は、先生の坂口貞治役を演じた阿岐之将一さん。ワタナベエンターテイメントに所属する阿岐之さんは、坂口を演じていた風貌から40代とかだと思っていたが、30代前半だったとは。
とにかく坂口は個人的には本当に気持ち悪くて面倒くさいキャラクターだと思っていた。教育理念について語り始めたり、教師ってどんな職業よりも孤独なんですとか語り始めたら自分だったら絶対相手にしない。さゆりの苛立ちが凄く共感出来る。そんな面倒臭さを上手く感じさせるキャラクターを演じきれている阿岐之さんは素晴らしかった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419111


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

この作品は非常に人間の持っている悪い側面を顕在化させたようなストーリーだと思った。主人公のさゆりは序盤の方で観たら凄く熱心に仕事をしていて、普通の男性と付き合っていてなんの問題もない女性に見えたが、自分では覚えていないこと、例えば過去に教え子(赤羽)に対して進学校を受けさせないような厳しい措置を取ったことをしており、結果その時の赤羽の恨みが時間が経ってから襲いかかってきた。
それによって、さゆり自身の私生活も崩壊していって職を失ってニートのような生活まで堕落してしまうという何とも恐ろしい話である。
これを観劇した方は、おそらく誰にでもこのさゆりのような状況になり得ることを痛感したに違いない。実際私もこの作品を観劇していて、過去自分が犯した人を傷つけるようなことを思い出してしまった。その傷つけられた人は今、自分のことをどう思っているのだろうか。それが思いがけないタイミングで自分を苦しめる時が来るかもしれないと思うと恐ろしい。
そしてその苦しみがやってきた時、人間は恐怖のあまり人を殺してしまうこともあるのかもしれない。坂口を殺したのが誰なのか、この作品では触れられていないし、おそらくセクハラを受けていたとはいえさゆりではなく(さゆりは性行為の光景を盗撮したのは坂口ではなく田宮を疑っている)、別の誰かであると思われるが(個人的にはさゆりの教え子なのではと思っている、クラス委員になりたくないとかで)、赤羽を殺したのはさゆりだろう。そして遺体が上がらないようにアパートに隠していたのだろう。

こういった人間の恐ろしい側面は、この作品で他の形でも描かれている。
例えば、関根の万引きした所を他の人には言わないように口止めさせていたことがバレてしまった箇所では、端から関根がさゆりのことを疑っていたことが分かる。いつも仲良くしているような感じで、実は相手のことを疑っていた。
また3年弱付き合っていた浦野も、仕事を退職しなければならなくなったという事態と、万引きをするような関根とさゆりが2人でよく一緒に居たという事実を知って、赤羽と容易に付き合うに至ってしまう、男女の恋愛関係の儚さ・脆さも感じられる。
至る所で人間の弱さと恐ろしさとが顕在化して悪い方向へ向かっている感じを描くのが上手い作品だと思った。

さて、個人的に気になっていたのが、このさゆりの住む街でかつて洪水が頻繁に起きていたが、最近は堤防などが整備されて洪水は起きなくなったというナレーションが入る点である。これは何を意味するのか。この洪水は河川による氾濫だと思われるが、この河川の氾濫による洪水は何のメタファーだろうか。
洪水は恐らく殺人を暗喩した表現ではないかと個人的には思っている。度々河川は氾濫して洪水が起きるというのは、人々の日々の恨みつらみが積もりに積もってまるで河川が氾濫するように怒りが溢れて、そして人殺し(洪水)に繋がるのではないかと思った。
人が街で暮らしているということは、常に諍いやトラブルはある訳であり、それが悪化したものが洪水のように人を襲って殺害することなのではないかと。
では、最後の堤防が作られて洪水が起きなくなったことは何を意味するのか。これは赤羽の死が隠蔽されていることを暗喩したのではないかと思っている。堤防を作ったということは、無理やり殺人といった事件が表に出てこないように何かで隠したという意味だと私は解釈した。そしてそのナレーションの直後で、浦野が赤羽の死をアパートに入って知るのである。
おそらく口封じのために浦野もさゆりたちにこの後殺されてしまうのではないかと思っている。そして赤羽の死も浦野の死も表には出て来ない。つまり、堤防によってせき止められた洪水なのである。
私は、洪水とスト―リーの対応関係をこのように理解した。さて、他の方はどう解釈しているであろうか。

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