2020/09/13 舞台「ひとよ」 観劇レビュー
公演タイトル:「ひとよ」
劇団:劇団KAKUTA
劇場:本多劇場
作・演出:桑原裕子
出演:渡辺えり、若狭勝也、異儀田夏葉、荒木健太朗、まいど豊 他
公演期間:9/3〜9/13
個人評価:★★★★★☆☆☆☆☆
昨年秋公開の映画「ひとよ」を観て劇団KAKUTAを知り、舞台版を観てみたいと思って期待値高めで観劇。
抱いた印象としては、映画版よりも笑えるシーンが多くてあまりシリアスな展開にならず明るい感じだった。個人的には、映画の方がこの作品で訴えたいメッセージ性が伝わってきて好みだったかなという印象。
家族とは何か、母親が殺人を犯して15年姿を消して子供たちはどんな酷い目に遭ってきたか。その辺りの苦しさが映画の方が痛烈に伝わってきて良かった印象。
舞台版はなんと言ってもキャスト陣の熱量が半端なくて、あの笑い声や愉快さに圧倒された。
また舞台装置もダイナミックで上手く造られていた。私は「往転」でKAKUTAの舞台装置の素晴らしさを知っているので予想していたが、初見の人は絶対圧倒されるだろう。
生の舞台の素晴らしさをとことん味わえた一作となった。
【鑑賞動機】
映画「ひとよ」を昨年秋に映画館で観て、作品自体のメッセージ性や役者陣の演技の力強さに圧倒されたので、この元となった舞台の方も是非観てみたいと思い観劇。
劇団KAKUTAの作品自体は「往転」に続き2度目。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
茨城県大洗町の稲丸タクシーを運営する稲村家は主人の家庭内暴力が酷く、母のこはる(渡辺えり)や長男の大樹(若狭勝也)、次男の雄二(荒木健太朗)、長女の園子(異儀田夏葉)は主人を殺してやりたいほど恨んでいた。
ある雪の降る寒い日の夜、子供たち3人が家に居る中こはるが家の中に入り、「お父さんを殺した、車で引いてやった」と告げる。大樹は大学へ決まったタイミング、園子は美容師の専門学校へ決まったタイミングだったのでやったのだと述べる。そしてこはるは、この後警察へ出頭し刑務所に入るが15年経ったら戻ってくることを約束する。園子は泣き崩れる。
15年後、昔と変わらず稲丸タクシーは営業していた。大樹は大学を卒業して電気屋に勤めており二三子(桑原裕子)と結婚して娘までいた。園子は美容師の専門学校へ進んだものの、母親が殺人犯だといじめられ中退してスナックで働いていた。雄二は雑誌の編集社でライターをしていた。そして子供たち3人は稲丸タクシーへ戻ってきた。従業員も昔と変わらず、社長に丸井進(久保貫太郎)と事務の柴田弓(小林美江)、そしてドライバーに牛久真貴(酒井晴江)と歌川要一(高橋乱)がいた。そして新人のドライバーとして堂下道生(まいど豊)が働き始めており、彼は真面目で良い人そうな風貌だったが、彼が以前どこで何をしていたかは良くわからない謎の人物でもあった。
こはるが主人を殺してから丁度15年経った日の夜、雄二と園子はまさか母が帰ってくるはずがないと言いながらも、本心では帰ってきてくれないかと願ってやまなかった。そこへタクシー事務所の裏口に誰か居ると歌川が騒いでおりまさか母が帰ってきたのかと思ったが、男性だったと聞いて落胆する。その夜、園子は酔い潰れてしまったので事務所の机でそのまま寝てしまった所、こっそりこはるが帰ってきて後ろからそっと抱きしめていた。
こはるが15年ぶりに稲村家へ帰ってきたということで朝から大騒ぎだった。こはるは以前と全く変わらず明るい表情で子供たちや従業員たちに顔を合わせた。こはるはこの15年間、シャバに出てから北海道のニセコで酪農をしたり、沖縄で働いたり、東京のスナックで働いたりと転々としていた。
一方、こはるが稲村家に現れたと同時に、北海道のニセコの牧場から吉永(成清正紀)という男もやってきていた。彼は上半身裸のカウボーイのような格好をしており、日本人のくせに片言だった。彼はニセコの牧場で働いていた際にこはるに恩があって、その恩を返すためにやってきたのだと告げる。
こはるが稲村家に帰ってきたこの時、大樹は結婚した二三子と上手くいっていなかった。二三子は両親の反対もあったが大樹のことが好きだったので結婚して娘も授かったものの、吃音症で中指の動かない大樹が相手をしてくれず不満を募らせていた。彼女が稲丸タクシーのソファーで一人でいた所にこはるがやってくる。こはるはどちら様でしょうかと尋ね、会話から彼女が大樹の奥さんであることを知って、こはるは初めて大樹が結婚していたことを知る。二三子は大樹から大樹の両親は亡くなっていると嘘を聞かされていたため、目の前にいるこはるが大樹の母であることを悟るまで時間がかかった。
新人タクシードライバーの堂下は、弟の友國淳也(谷恭輔)とその恋人の木俣日名子(多田香織)に付き纏われていた。彼らは兄と違って柄が悪そうである。堂下は10年間離れ離れの高校生の息子のために資金を送っていた。その息子と取引しているのがこの弟たちだった。堂下は以前息子と会った日の夜に、両親が近くにいない中頑張っていることに感動を覚えて、その頑張る姿を支えたいと仕送りを送っていたのだった。
そこへ、従業員の弓が認知症の母の介護に嫌気が差して母を殺してしまったと告げる。こはるは彼女を抱きしめる。稲村一家と稲丸タクシーの従業員たちは弓の母の葬式へ向かうが、こはるだけは葬式へ行かなかった。
その頃、雑誌では稲村家のことについて書かれた記事が掲載されていた。雄二が書いた記事である。そこには「殺人者は聖母だった」という見出しが付けられていた。二三子はみんなが葬式に行っている頃密かに近隣の人にその雑誌を配っていた。そのことは大樹の逆鱗に触れた。みんなが葬式から帰ってくると、大樹は一人怒り狂って離婚届にサインを書いていた。周囲が大樹に冷静になるよう諭す。そんな中こはるは一人雄二のエロ本を読んでいた。子供たちを15年間も放置したり、大事な時にエロ本を読み始めちゃう母なんだぞ、どうかしてるだろといわんばかりに。大樹はそれによって冷静になる。
一方、磯丸タクシーの人間が葬式で留守にしている隙にタクシーのタイヤが全てパンクさせられていた。誰かに悪戯されたのだろう、従業員たちはすぐにタイヤ交換の作業に入った。
そこへ、堂下が酒でベロンベロンになりながら弟に担ぎ込まれてくる。どうやら息子が金を要求していたのは生活費のためではなく、薬物の購入など悪の手に染めているためだと知ったからだ。あの夜、息子と過ごした時間がとても豊かで素晴らしいものだったのに、こんな形で裏切られるとはといった様子。そこへこはるが、「自分にとっては特別な夜でも、他人にとっては何でもない夜なんですよ、でも自分にとってそれが特別だったらそれでいいじゃない」と諭す。堂下はそのまま酒に潰れて寝てしまう。
園子は吉永の髪を切って坊主にした。吉永はみんなに笑われるも満足している模様で、ここで物語終了。
個人的には、映画版の方が稲村家の人間にスポットライトがしっかり当てられていて、子供たちの心情が丁寧に描かれているので好きだった。舞台版は稲丸タクシーの従業員や、舞台版のみ登場する吉永や堂下の弟やその恋人など登場人物が多い上に物語の本質にあんまり絡んで来ないため、全体的にストーリーが薄っぺらくなっているような気がした。また雑誌にこはるのことが掲載された件や、園子の美容師の専門学校を辞めた心境などもっと詳細に描写して欲しかった。そこにも絶対子供同士もしくは母との間で家族間の葛藤があるはずなので。そういう意味で舞台版の方が「家族」という枠組みが希薄で個人的には物足りなかった。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
なんといっても舞台装置と音響効果がとても素晴らしかった、これは劇団KAKUTA毎度のことなのだが。
まずは舞台装置、非常に作り込まれていて稲丸タクシーの事務所、家の中、タクシーの中の切り分けられ方が非常に演出として上手かった。
今回の舞台装置も上段と下段に分かれている。上段の中央には作り物のタクシーが横向きに配置されており、そこでタクシー中で起きた場面が演じられる。基本的に上段は外のシーンを演じる時に使われ、上手側下手側両方に樹木が置かれていた。また、序盤のこはるが主人を殺す場面では雪が降り、どこの場面か忘れたが桜の花弁を降らせるシーンもあった。
次に下段だが、こちらは主に稲丸タクシーの事務所、稲村家の家の中での場面で使われ、下手には明かりが付くことによって部屋の様子が影で分かる窓がこしらえてある。また裏口も用意されていて、ここでは子供たちがひっそりと会話する場面や、二三子が大樹の愚痴を独白する場面によく使われていた。そこから上手側に向かっていくと、白い暖簾のようなものが置いてあって、稲村家のリビングスペースに繋がる。テーブルと椅子が複数配置されていてテレビもある。上手側には台所やトイレに繋がる扉も用意されている。そこから客席側から見て奥側には、カーテンで仕切られた寝室と稲丸タクシーの事務室が設置されている。事務室の上手側には、稲丸タクシーのタクシー置き場に通じる扉が用意されている。
舞台装置が物凄く複雑だったが、若干同時進行で上段と下段両方で役者が演じる場面があったものの、混乱することなく舞台を楽しむことができた。個人的には、上段のタクシー内でのシーンが一番印象に残って素晴らしかった。
次に音響は、まずオープニングの暗い感じの「ファー」っていう金管楽器系(おそらく)の効果音が物凄くゾクゾクっとさせて良かった。これからストーリーに入るぞっていう感じの観客を引き込むための演出が見事だった。こはるが主人を殺したシーンでもあるから、ちょっと不気味な感じが漂ってきた。
それと、休憩を挟んで後半に差し掛かった序盤の明るい感じの演奏も素敵だった。ちょっとボリュームが大きくて耳にくる人もいたかもしれないが、こはるが作り出す愉快な雰囲気を引き継ぐ感じがあってハマっていたと思う。
また、オープニングに使われた「ひ」「と」「よ」の映像も素晴らしかった。オープニングの演出は、音響、映像、照明全てが完璧で引き込まれた。しかし、こはる演じる渡辺えりさんが陽気な雰囲気を出す役者なので、キャストとオープニング演出がマッチしていたかというと微妙だったかなとは思う。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
今作は本当にキャスト陣の熱量ある演技からパワーを物凄くもらえたので、素晴らしいものだった。
まずは主役の稲村こはるを演じた渡辺えりさん。渡辺えりさんはTVで何度も拝見していて生でお目にかかれるのが初めて、なので舞台で登場した時は本物だ!ってなった。渡辺さんは凄く明るく振舞うキャラクターで映画版のこはるを演じた田中裕子さんと大違いである。舞台版が全体的にコメディチックに仕上がっていたのも、彼女の影響力だったと思う。ただそれが、この作品の作風としてどうかは賛否両論分かれる気がする。私は、渡辺さんの演技は物凄く好きだったけどこはるにピタリとハマっていたのは田中裕子さんの方だった気がする。
今回凄く演技が良かったと思ったのは、稲村雄二を演じた荒木健太朗さん。個人的には佐藤健さんより荒木さんの雄二の方が好きだった。佐藤健さんは顔が整い過ぎていて、こういう役柄が似合わない気がする。荒木さんの高らかに笑う演技はとても印象的で、凄く楽しそうな感じがこちらまで伝わってきた。
稲村大樹を演じた若狭勝也さんも凄く良かった。若狭さんの演技は安定していて落ち着いて見ることができた。吃音症を患っている演技は凄く映画版の鈴木亮平さんにそっくりだった。安定しているからこそ、舞台後半の二三子にぶちぎれて離婚届を書き始める件がとても印象的だった。あそこの若狭さんの芝居は素晴らしいに尽きる。
似た系統で、堂下道生を演じたまいど豊さんも安定して落ち着いた演技に魅了された。彼も終盤で酔っ払って我を忘れるシーンがあるが、あそこのインパクトが際立った。冷静な演技からの打ち抜ける演技は凄く引き込まれるものだと感じた。
稲村園子を演じた異儀田夏葉さんはもっと見たかったという印象。前半では出番は多かったが後半少なめに感じたのはちょっと寂しかった。映画版の園子役の松岡茉優はかなり出番も多かったし、彼女の心境も詳細に描かれていたのでちょっと残念に感じた。
個人的に好きだったのは、タクシードライバー役の牛久真貴を演じた酒井晴江さんと歌川要一を演じた高橋乱さん。酒井さんの牛久真貴役は、ちょっと男前でカッコよく見える女性の演技がとても魅力的に映って、雄二に思いを寄せているもののあまり露わにしたくない感じが凄く良かった。雄二と真貴のペアはとても好きだった。
高橋さん演じる歌川のイケイケ感も舞台上の雰囲気を上手く作っていて良かった。個人的に好きだったのは、序盤のタクシーの乗客役のシーンで、真面目そうな堂下にちょっかいを出すシーン。こういう客もいるんだぜと諭している感じが凄く引き込まれた。
【舞台の深み】(※ネタバレあり)
今作と映画版を比較しながら、それぞれの作品の良さについて考察していく。
個人的には全体的に映画版の方が好きだった、なぜならこの作品で伝えたいメッセージ性がしっかりと伝わってきたからである。
この作品で伝えたいことは、こはるは子供たちのために主人を殺害したのだが、結果的には子供たちを苦しめてしまった、それでももう一度15年経って再会することによって新たな家族関係を作り直していこう、修復していこう。あの時のひとよへの未練を忘れて前に進もうということだと思っているのだが、そのメッセージ性は映画の方が伝わりやすかったということだ。
映画版では、登場人物を少なくしてこはると3人の子供たちにフォーカスを絞ってストーリーを進行させている印象がある。それによって、子供たちが三者三様にあの日の夜のことを引きずっていて生きづらさを抱いていることが痛いほど伝わってくるのだが、舞台版はそうではなかった。舞台版は登場人物を沢山出して(吉永や堂下の弟など)彼らの出番も増やしたことによって舞台上は盛り上がるのだが、イマイチ作品の本質は伝わりづらくなっている気がした。特に園子のシーンは前半には多々あったが後半は印象が薄く感じてしまった。もっと彼女のシーンが見たかったという印象。
また、舞台版の前半の内容が特に希薄な気がした。後半は弓が母を殺してしまったり、大樹が離婚届を書き出したり、堂下が酔っ払い出したりとストーリーは進行するが、前半は序盤にこはるが主人を殺して15年後に戻ってくること以外はめぼしい進展がなかった。ただ、登場人物たちがわんさか集まって笑えるシーンを繰り広げている感じで、映画版から入った自分からしたら腑に落ちないストーリー運びだった。
強いて舞台版の良さを挙げるなら、生の役者たちが作り出す楽しい雰囲気なのだろう。観客が声を立てて笑えるような空間を役者が提供していて、特に渡辺えりさんの影響力が強いと思っているが、たわいもない稲丸タクシー関係者の仲の良さというのは上手く演出出来ていると思う。これは、観客をあそこまで巻き込めるという意味では舞台として凄く称賛するべき所だろう。
しかし、それが「ひとよ」という作品にハマっているかというと疑問が残るのは私だけだろうか。15年も家を留守にして戻ってきた女性は、あんなに何事もなかったかのように振る舞えるものだろうか。その辺りがしっくりこなくて、そういう意味では重く暗い雰囲気が漂う映画版の方が上手くハマっていた気がした。
今回の「ひとよ」は再再演でもあるので、映像でぜひ過去の「ひとよ」についても拝見してもう少しこの作品の魅力がどこにあるのかを探っていきたい。
【写真引用元】
https://twitter.com/KAKUTA_/media
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?