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ペンで書く手紙の醍醐味について

拝啓 吉田美雪様———

書きはじめてから気づく。正しくは、ひらがなで「みゆき」だったと。「美雪」は、大学のサークルのときの友だちの彼女の名前だ。あーあ、また書き直しかぁ。新しいルーズリーフを用意して、書き直す。

ここ最近、メモ以外で手書きの文字を書く機会がない。小学生〜大学生までは、手書きで書いて書いて覚えていたのに。しかも、今は殴り書きのようなメモばかりだから、見せられたもんじゃない。

せっかくだから誰も知らないような人と文通がしたいと思い、Twitterで呼びかけてみたところ、たまたま名乗りをあげてくれたのが、彼女だった。

知らない相手に、文字だけで自分のことを伝えることは、とても難しい。でも、相手もそこは同じだ。

吉田さんの文章は、思ったことをそのまま書いているからなのか一文が長い。たぶん、一回で書き切るタイプなのかもしれない。ところどころ漢字ミスでバッテン印があったり、二重線で文字列を消して矢印をつけて空きスペースに書き直したりもしている。少しだけ丸文字で、マス目に忠実に文字を入れていくところは、わりかし几帳面なタイプなのかもしれない。そして、少し文字が右肩上がりだ。「文字は、口ほどに物を言う」なんて言うかもしれないと思う。

逆に自分は、書くために一回ぜんぶ文字に起こすタイプ。そして「よし書こう」と紙に書きはじめる。でも、テキストをPCで書くことと、ペンで紙に書くことは、アウトプットは同じといえど全然違う。

書いていて思う。

書いている瞬間は、まだ会ったこともないその人だけのことを想像して書いているなんて変な気分だなと。自分は、役に立ちそうだと思ったらできるだけ広範囲の人にその事柄が届いて欲しいと思う性格だ。それなのに手紙は、たった一人に向き合っている。なんて超アナログ。でも、そういうのたまには悪くないなと思う。

向こうではどんなことが起きているのか、どんなことを考えているのか想像し、自分の場合は聞いてほしいことや考えていることを伝えようとする。ただ、やたらに書きすぎてもダメ。やり取りをすることに意味があるのだから、趣旨がちがってしまう。その塩梅がなかなかつかめなくて、最初の方はたくさん書きすぎて返事が全然返ってこなくて焦ったことがあった(蓋を開けてみたら、向こうの仕事が忙しいタイミングと重なっただけだった)。

・・・

Facebookメッセージ、LINE、Twitterなど、タイムラグがなくすぐにメッセージを届けられるツールが増えた。でも、今でこそ手紙は必ず相手の元に届くものの、昔は途中でなくなってしまったり、届かないでそのままになってしまうこともあったはずだ。

返信がなかなか来ないときに、「まずいこと書いちゃったかな…」とか「返信書くの忘れてやしないか」とか、周りのことまであれこれ想像する機会なんて、最近ないじゃないかと、書きながら気づいた。

インターネットのおかげで、リアルタイムに起きていることを伝えられるようになって、時間差という概念が薄くなった。すごくうれしいけれど、やきもきしているあのもどかしさを感じることは少なくなってしまったように思う。

「こんなめんどくさいこと、続かないだろうな」と思っていた文通、意外にも今回送る分で10回目になる。

やっと書き終えたので、昼にコンビニで買ってきた封筒に切手を貼って、手紙を入れて封をする。めんどくさいけど、なんだかんだ楽しい。向こうがやめるまでは続けたいなぁと思う。




(Photo by Joanna Kosinska on Unsplash)
(※ この話はフィクションです)

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