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人生は、清算できない

これまで自分は、何かあったときに、新しいアカウントをつくったり、ユーザーネームを変えたり、アイコン写真を替えたり、これまでの投稿を消したりして、新しく“何か”をはじめようとしてきた。

ブログも、そう。

Bloggerからはじまって、はてなブログ、Tumblr、note、Medium、Sqaurespace…、いろいろはじめて新しくアカウントをつくっては、結局更新ができず自然消滅してしまった(Tumblrだけは600日以上続けられたけど)。そして現段階は、noteに落ち着いた。

新しくアカウントをつくった瞬間は、まるで「新しい自分になれた」ように感じてワクワクした。だけど、いつの間にか書くのがめんどくさくなって、結局続けることはできなかったし、新しい自分にもなれなかった。

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これまでやってきた「新しいアカウントをつくろうとすること」について、今思い返せば、新しいアカウントをつくれば新しい自分になれる昔の自分の考えていたことが恥ずかしいと思っていた

でも、そうじゃなかった。

今の自分は、“いろんな特性をもった自分”がいることををわかっている。良い部分の自分も、悪い部分の自分も、同時に存在しながら成り立っている。

でも当時は、どちらかをクローズアップして統一性がないとダメだと思っていた。だから、テーマを決めたブログは続けられなかった。

邪悪な部分と善良な部分を全て合わせてその人なのであって、悪い部分や良い部分だけを切り出すと何かがおかしくなる。 でも、僕たちは往々にして人の一面をクローズアップして、それをその人と同定する。

たとえ恥ずかしくても、そのときだって同じ自分。だから、当時思ったことを隠すことなんてないんじゃないか。そして、人生は一度きりだし、過去と現在は線でつながっているから、人生は清算することはできないのだ。そんなふうに、だんだん実感できるようになった。

noteも例に漏れず、これまで書いた投稿を消そうと思って、何度も削除ボタンを押そうとした。でも、そんなことを続けたのでは、何も変わらないのだと気がついたので、前に書いた投稿もそのままにしている。

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以下は、logmiでたまたま見つけた記事の途中で出てくるイラスト。最近思っていたことと同じようなことが書かれていて、本当にその通りだ!と思った。

>> 月間34億PV、新規会員登録1日1万人! pixiv片桐代表が明かす、驚異のグロースハック術

今の自分があるのも、昔の自分が一生懸命書いたからこそ。楽しそうに、でも悩みながら書いていたあの文章は削除することはないんじゃないか。このイラストを通してそんなことを読み取れて、吹っ切れたような気がする。

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これまでの自分を否定しても、今の自分は救われない。過去の自分は恥ずかしいことはないのだ、と最近の自分は思っている。

(Photo by Are R on Unsplash)

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