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読書記録014「鈴木ごっこ」(木下半太)

一つ屋根の下、一軒家にそれぞれ見知らぬ四人が集められ、「鈴木」を名乗ることに。四人には多額の借金があり、それを返済するには一年間「鈴木」として暮らすだけでいい……。

集められたのは四人だ。主人公の小梅、大学生くらいの青年、三十前半のスーツの男、そして五十過ぎの中年の男。主人公の小梅に母、青年に息子、スーツの男に夫、中年男におじいちゃんという役割が割り振られ、共同生活がスタートする。

突飛な設定ながら、会話のコミカルさとスピード感、そしてどこか現実離れした浮遊感ですらすらと読める。作者が演劇のひとのためか、主に会話劇の雰囲気を楽しむみたいなところがある。基本的には四人のエピソードトークで話が進むのだが、これが妙に明るい。ほっこりするちょっといい話みたいなテンションで過去話が語られていく。多額の借金を借りながら?と眉を顰めながらページを捲るが、このエピソードがテンプレなものでありながら雑味がなくて、それなりに楽しめるのだ。それぞれのキャラ小説であり、それに付随するシンプルな小話。安易な設定でありながら、(それほど面白くもないが)すこしも枠を外さない安定した話の運び。ご飯に梅干し、トーストにバターといったシンプルイズベストの精神だ。そして憎いことには、作中でサザエさんが引き合いに出される。そう、それほど凝っていないが、逆に毒もなく、楽観的な様子で一年を過ごそうとしてるこの家族はサザエさんの模倣なのである。それは本作の出だしから語られてる通りに、そうなのである。

延々と続く「ほっこりするちょっといい話」にだんだんと目が慣らされ、違和感を感じなくなる。気づけばサザエさんの世界に引き摺り込まれている。あれよあれよという間に、物語の骨子から目線を外させられているのだ。最終章、全てがそこで語られる。これまでの妙な楽観的生活が伏線であったことが、明らかにされる。安易な設定や毒のない小話、それら自体をひとつの有効な演出として小気味よく処理する作者の技量は、ストーリーの目立たない裏側の部分、蝶番や柱の影にしっかりと生かされている。

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