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ひとなみ/ひとなみ(藤波えりか、金森人浩)

フォロワーの藤波えりかさんが携わっているというので、探してゲットした歌集。藤波えりか、金森人浩の短歌ユニットで「ひとなみ」というらしい。名前からとったユニット名だろうか、等身大で生きている感じが出てとてもよいですね。東京の文学フリマで買ったのですが、その時は可愛い栞や冊子もついてきてうれしかったです!

内容は自由詠やテーマ詠、相聞歌やいちごつみなどを含む140首。なかなか面白く読ませていただきました。その中でも目を引いたものをいくつかご紹介したいと思います。

真夜中は蓄光シールの流れ星きらいの数をひとつまた消す

「蓄光シールの流れ星」藤波えりか

なんとなく小中学校の頃なのかな?と思う。胸いっぱいの感情を抱えて生きていて、そこに鋭いナイフで林檎の皮を剥くような、陰と陽が紙一重のものとして共存している日常のワンシーン。蓄光シールは流れ星ではあるが所詮はシールという脆く剥がれてしまうもの。しかも蓄えた分しか光らないのだ。だけどそこにこそ祈りが宿る。そこにしか、というべきかも。蓄光シールの光のおかげで「きらい」が消える。本当は数えられないほど「きらい」を抱えているのかもしれない。それは絶望と呼ばれるものかもしれない。だけど脆く剥がれてしまいそうな光に浴し、「きらい」が消えていきますようにと祈るのである。

ゴミ箱に投げる分厚いプリクラ帳あかねちゃんとは友達でいたい

「蓄光シールの流れ星」藤波えりか

これも切実なニュアンスを感じさせる一首だ。全部が嫌い、全員が嫌い。そう思って拒絶したいし、拒絶した。そんな中に、一粒の光が混ざっていて、そのことに捨てきれない思いがある、気持ちがある、整理できない記憶がある。「あかねちゃん」がどういうふうに詠み手と関わったのか、この一首からは読み取れない。だが、この下の句で充分である。シンプルなほど強く響く、そんな言葉がある。

『モルヒネの母』という題の連作(金森)は、入院中の母が亡くなってしまう過程の心情が詠まれている連作で、死に迫る身内を見守る自分から見える景色が詠われている。

やわ風が母の過半を拐かし残りの母をうかがっていた

「モルヒネの母」金森人浩

普段は爽やかな意味を持つ「やわ風」がここでは、母親の生命を脅かす危険な力として示されているところに詠み手の手腕を感じた。言葉選びとして、重すぎても短歌にならなかったりして難しいところではあるのだが、結果それは成功し、非常に緊張感が伝わってくるものとなっている。

さっきまで遺品と呼ばれていなかったこれから遺品と呼ばれるものたち

「モルヒネの母」金森人浩

亡き人を詠むこと。それは記憶を歴史にすること、映像を時に刻みつけることに他ならない。(スガシカオの「木曜日、見舞いにいく」や「ふるえる手」を思い出した。こちらは父の死ではあるが、親の死をうたうこととして共通する。)さて、この一首もひりひりするような実景の歌であろう。身内の不在を露わに感じなければ、このような短歌は書けない。そしてそれを書くことで、生の世界に取り残されるわれわれの喪の作業の過程の一部となる。親しい人との記憶はわれわれのうちに永遠に生き続けるのだから、それは終わらない。それを飲み込むのには時間は必要で、またそのどれもこれもが自分の血肉と化して朝日を浴びるのだ。

『生き物と暮らす』というテーマ詠で、藤波さんが「ベタがいるから帰ります」という連作を編んでいて、私は大学生の頃に観た『ランブルフィッシュ』(コッポラ、1984)を思い出した。
ベタという魚は闘争性が強く、『ランブルフィッシュ』とも呼ばれている。コッポラの映画でも喧嘩しないと生きていけないチンピラ映画として描かれている(私の好きなマット・ディロンが出てくる)のだが、その実は孤独であり、

一匹じゃないと生きられないんだね孤独が私と同じで似合う

「ベタがいるから帰ります」藤波えりか

と呼応している。
そして次の連作の作品だが、

暗闇を渡れ桜のあかるさでいい子の呪いよ解かれてゆけ

「巡る春」藤波えりか

「いい子」とは常に何かを耐えている子だ。それを強いる状況は「呪い」と呼べる。「いい子」を逃れえたとしても、一切が良くなるわけではない。楽なわけではない。大人になったとしても、現実の至る所には「暗闇」が設けられ、あるいは立ち込めている。「いい子」の呪いを解かれ、「自然体のわたし」で、その暗闇を大人になった今、「桜」の咲くように明るめていく。世界のすべてじゃなくてもいい、せめてわたしの身近な、小規模な世界でも、明るさを灯していこう。


藤波さんの短歌は華やかで淡い印象、金森さんの短歌は儚さを儚さとして揺れ動く自我のイメージがあって、連作であれ合作であれ、それぞれの雰囲気が活かされていていいなと思いました。また次の文フリでも続編が出るらしいので要チェックですね。

☆「ひとなみ」筆者☆
藤波えりか @ellyca_f

金森人浩 @hitohitohitok

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