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お伊勢さん 序

2024年3月30日、31日の一泊二日で伊勢へ行ってまいりました。
初伊勢でございました。

私自身、特別な信仰はございませんが、日本列島に日本人として生まれ、親が無宗教であれば、日常のどこかしらに”神社”や”お寺”が存在し、諸々のイベントと共に、幼き頃の記憶として刻まれているのではないかと思います。

伊勢神宮と出雲大社は一生のうちに行ってみたいスポットではありました。
昨年末に母が他界しましたが、形見として携帯(ガラケー)を預かりました。


当然ながら通信の契約は終えましたが、カメラの機能は使用可能です。
母は旅をする人ではありませんでしたが、行けば行ったで楽しんだことと考えます。
ということで、お伊勢さんと出雲に連れて行ってあげよう、という動機付けが出来たことでいよいと旅立つ決心をした次第でございます。

旅立つ前に下調べとして『ブラタモリ(伊勢編)』と『伊勢神宮の謎を解く』の2冊を購入。

ブラタモリは映像では観ていませんので本との比較はできませんが、やはりタモリさんですから親近感ありますし、入門としては入りやすく、旅行系のサイトや雑誌よりも自分には合っていて楽しく読めました。
歴史や地理などが好きであれば当然ですね。あと、街に対する好奇心。

そして本命の新書『伊勢神宮の謎を解く』は、これもまたとても良い本で、自分がいかに日本について分かった気になっていたかを思い知らされました。

教科書的な知識は大切ではありますが、それでいいやと思っていると、時代によっては不確かな部分も多分に含まれている、という当然の前提を軽視してしまいがちです。

日本は大陸と接触する前までは文字を持たない国でした。
国風文化が花開く平安期の”かな”誕生は、その後の日本らしさを形成する革命であったと思います。
それまでは統一王朝としての制度も大陸文化が下地となり、独自に発展させたのが古墳時代から奈良時代であろうかと思います。

そして伊勢神宮の誕生(再生)と『古事記』『日本書記』の完成は切っても切れない関係であることが、この本から分かります。

伝説と歴史書が渾然一体となっているこの二つの書物は、やはり相当の意図があって編纂されていると思えます。
伊勢神宮のビッグイベントは「式年遷宮」ですが、それも『古事記』『日本書記』の編纂を命じた天武天皇が起草し、次の持統天皇期に1回目が行われました。

現人神(あらひとがみ)としての「天皇」誕生と伊勢神宮、そして文字を持たない文化であった日本における先史時代の神話が絶妙に、戦略的に創造されたであろうことが、私にも感じられます。
それはその後幾度か訪れる、日本社会における価値の創造と転換のダイナミズムにも通じており、サブカルチャーと呼ばれる特異な文化が、「クールジャパン」と評される所以も潜んでいると感じます。

ということで、何気ない伊勢への旅がとても楽しみになりました。
そのルーツがそこにあるわけですからね。

さて、序はここでおしまいです。
次回から伊勢の旅日記です。

旅といえば出会いでございます。
人だけなく食や慣習というその土地の「文化」に触れることが、何よりも私は好きです。
言葉に言い表せないその街が持つ空気が、私にとって心地よいものであったのか、それともざらついた違和感だったのか……

お楽しみに。


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