愛情崇拝 2

二章〜家族〜

1,やってきた幸せ
「ただいま〜」

家に帰って、お母さんとお父さんが帰ってくる前に晩御飯の用意をする。時計の針は七時前を指していた。お母さんもお父さんも仕事が忙しくていつも帰ってくるのは九時頃だから、洗濯物を入れたりお風呂を沸かしたりしているとちょうどいい時間だ。それにしても、今日の施設はとても楽しかった。
私の名前は五十嵐 未央。この圦河町に住む普通の高校生。今学校と、ボランティアでやってる児童保護施設のお手伝いが終わって家に帰ってきたところで、お母さんとお父さんが帰ってくるまでに家事を済ませないといけないの。私はふたりが大好き。なんでかっていうと、二人は家族のいなかった私を養子にして引き取ってくれたから。元々捨て子としてこの施設で育ってたんだけど、ちょうど中学生になる頃二人が私の勉強の才能と見た目の良さを気に入って引き取ってくれたんだ。それからずっと二人には愛されっぱなしで、幸せな毎日を過ごしてます。と、そんなこんなで家事を済ませてたら、もう九時前になっていた。イスに座って足を揺らして待っていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。超特急で玄関前まで飛んでいくと入ってきたのは二人ではなく、友達の春花ちゃんだった。

「あ、春花ちゃん!いらっしゃい!」

春花ちゃんは同じ施設で育った友達で、私の大親友だ。

「あ、ちがうの。今日は、様子を見に来ただけでお邪魔する気は無いの。ごめんね。」

春花ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「あ、そうなんだ。ううん、全然大丈夫!そうだ、そういえばね、今日スーパーであのグミの新商品買ってきたから分けてあげる!ちょっとまっててね!」

そう言ってグミを取りに買い物袋を漁っている間に玄関から声が聞こえてきた。今度こそ二人が帰ってきたのだ。

「お父さんお母さん、お帰り!」

二人は春花ちゃんへの挨拶を一旦中断して、私に笑いかける。春花ちゃんは、私を見て困った顔をしていた。

「大丈夫だよ!ほら、お母さんとお父さんだから。おかえりなさいは大事でしょ?」

そう言って笑いかける。

「そ、うだね。うん。大事だよ。」 

そう言うと、春花ちゃんはさっさと帰ってしまった。まあ、春花ちゃんが突然帰っていくのはいつものことだ。三回に一回くらいは急に帰ってしまう。今はそんなことより家族一緒にご飯を食べないと。

「ほら、お父さんもお母さんも早くしてよね!」

食卓にご飯を並べ、二人の準備を待つ。

「それじゃ、いただきます。」

毎日晩御飯の時みんなで集まって団らんをするというのは、この家の決まり事だ。拾ってきた私のことをちょっとでも多く知るために毎日のコミュニケーションは欠かしたくないのだと言う。私にとって、この時間は一日で一番楽しみな時間となっていた。二人に拾ってもらうまで、私の晩御飯はずっと一人だった。周りに施設の子たちはいたけど、そういう問題じゃない。私はずっと、独りだった。二人が私を拾ってくれたあの日。その日は、私の中学の入学式の日だった。

「ああ、思い出すなぁ。」

小学生の時の私はとにかく根暗で、それもあってかよくいじめにあっていた。靴を隠されたり机に落書きされたりはしょっちゅうだったし、自分が作ってもらったお弁当をわざわざ私に見せつけてきたり休みの日に家族で旅行に行った話をわざわざ私の目の前で話したりしてきた。親無しだとか施設育ちだとか、今考えればとんでもなく失礼な言葉だ。でも私は、いつまで経っても変わらないその暴言にずっと苛立ち続けていた。春花ちゃんはずっと味方をしてくれたけど、家族がいないことをつっつかれるとどうしても苛ついてしまう。そんな中、先生との三者懇談があった。親の代わりに施設の先生が来てくれたその懇談では、進学先の話が出ていた。基本的に多くの生徒はみんな同じ、近くの中学に進んでいくんだそう。まだあと三年もあるのかと絶望していると、ふと私の目に「中学受験」という文字が写った。その時私は、中学を選べることを初めて知った。そうか、つまりこの学校にいる人間の大半は、みんなおんなじ低レベルな中学に押し込まれるのか。それなら私のことを理解せずに罵倒してくる奴らと違う学校に行けるのではないかと、天啓が降りたようだった。幸いなことに私は勉強が得意だったから、周りより遅れて始めた受験勉強もスイスイ攻略していき、見事に合格を勝ち取った。そして運命の入学式、私は、大いに落胆した。体育館に集まった生徒は皆あの小学生たちと変わらない顔で一人で入学式に来る私のことを、奇妙なものを見るような目で見てきた。その日、施設の先生は自分の孫が熱を出したとかで忙しくて入学式に来れなかったからそんなのどうしようもなかったっていうのに。私の目は、失望の色で滲んでいった。でもそんな入学式の帰り道、あの二人が私の世界に現れた。そして、私の世界を救ってくれた。正直私に家族ができるなんて本当に思ってもいなかったからとても驚いたけど、私の返事はすぐだった。
ご飯を食べ終えると、みんなそれぞれ思い思いの行動を取っていく。私ももう寝る時間だ。寝る前にいつものお薬を飲んで、床につく。ああ、今日もとっても楽しかった。やっぱり家族がいる生活っていうのは最高に気分が良い。今度の休日はどこに遊びに行こうかな。映画か、それとも水族館か。先週施設の人が急にヘルプがほしいとか言ってきてしょうがなく行けなかった分今週はちゃんと楽しまなきゃ。
次の日、学校が終わった私はいつも通り施設の手伝いに来ていた。

「いつもありがとうね。今日も頼むよ。」
「はい。任せてください!」

まあやるって言っても、学校が終わってからの数時間だけだけど。

「さあ、始めるか。」

気合を入れ直し、子どもたちが生活している大部屋のドアを開けた。と、すぐに男の子が駆け寄ってきた。

「先生、僕は先生のお化粧ポーチを盗んでしまいました。どうか僕を罰してください。」

躊躇なく顔面をぶん殴った。私の化粧ポーチを盗んだだと?首を捕まえて、質問を投げる。

「なに考えてんの?家族もいないお前らみたいな汚い孤児が、私のポーチをギッたって?あなたと私じゃ人生のランクが違うって、前にも言ったわよね。これで何回目?そろそろ自分の立場を理解しなさいよ。私にはね、家族がいるの。私のことを愛してくれる家族が!でも、アンタにはいない。いくら頭の悪いアンタでも、そろそろ理解して良い頃だと思うけどねぇ!」

掴んだ首を投げ飛ばす。するともう一人、次は女の子が近づいてきた。

「先生、私はあくつくんが取ったポーチの口紅を」

言い終わる前に蹴り飛ばした。

「冗談じゃないわ本当に。あなた私の口紅になにをしたって!?身の程をわきまえなさいよここのガキどもは!アンタたちは今、怒られてんのよ。わかってんの!?」

お灸を据えなくては。立場をわからせなくては。家族がいないやつに人権なんてないんだから。これだけ言ってもなぜかここのガキどもは私へのちょっかいをやめない。この前見せしめとして私の勤務時間中ずっと一人を殴り続けたって言うのに効果はなかったみたいだ。もちろん、家族がいる子にこんなことはやらない。この施設は保育園としての側面もあって、家族がいる子もいるから、そういう子に手出しはしない。罰を与えるのはあくまで親がいないクズだけだ。もちろん、私も昔はこっち側だった。親がいないクズの側。でも私には今親がいる。幸せな家庭がある。明日は待ちに待ったお休みの日だ。決めた。明日行くのは、博物館にしよう。今日の朝家にチラシが届いてた。そのためにも、お手伝いをさっさと終わらせないと。余計なことをした者、私のルールを破った者に罰を与えていると、もう七時前になっていた。

「じゃあ未央ちゃん、今日もお疲れ。」

この先生はもうボケていて、受付しかできない。私が独りだった頃から一緒だった先生だから少し寂しさもあるけど、いいんだ。私には愛すべき家族がいる。今日も家に帰ろう。みんなが帰るあの部屋へ。

2,蜃気楼
それは、いつもの晩ごはん中の事だった。
その日も順調に学校を過ごし、ボランティアを楽しみ、毎日の楽しみである晩御飯の団欒を謳歌していた。お父さんもお母さんも笑顔で私の話を聞いてくれている。あのガキどもには一生得られないであろうこの感情。その優越感だけで私は明日を乗り越えられそうだった。

「そうだお母さん、今日学校でね。突発テストがあっ...」

突然、激しい頭痛が襲ってきた。針が同時に何ヶ所も私の脳を刺してくるような痛みがした。

「痛い、痛い、痛い!」

痛い。なんだこれは。急に何が起きたんだ。何も考えられない。

「痛いよ、痛いよ!」

お母さんが私の頭をさすってくれた。でもなんにも感じない。痛い。お父さんが私を抱いてくれた。でも、なにも分からない。全部の神経が脳に集中してるみたいだ。ただこの痛みを感じさせる為だけに全身が働いてる。視界がチカチカしてきた。私の幸せな世界が、素敵な家族が、点滅している。

「ああああああああぁぁぁあああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!」

痛みが止んだ。ふと気づくと、目の前の景色が昔過ごしていた施設の自分の部屋になっていた。

「未央ちゃん、未央ちゃん、大丈夫!?」

春花ちゃんが心配した顔で私をのぞきこんでいる。そうだ。あの頃は春花ちゃんと同じ部屋だった。同じ部屋で、その日嫌がらせをしてきたやつの文句を二人で言ってた。でも、あれ…?

「二人は…?」

私はさっきまで晩ご飯を食べてたはずだ。毎日決まって楽しみにしていた、あの時間を過ごしていたはずだ。

「未央ちゃん、誰のことを言ってるのか分からないけど、この部屋はずっと、私と未央ちゃんしかいないよ…!」
「…?」 

そんなはずは無い。さっきまでそこにあった。

「やっと目が覚めたんでしょ!?ずっと耐えてたんだから!未央ちゃんが中学に入学したあの日から!」

この子は、何を言って…

「あ゙っ!?」

また突然、脳が痛み出した。今度はさっきよりもましな痛みだが、視界がぐらつく。

「未央ちゃん、未央ちゃん!」

春花ちゃんが抱きついてくる。すごく泣いている。でも私は彼女ではなく、その先の景色を見ていた。

「お父さん、お母さん…」

二人が、いた。未央ちゃんと二人が、交互にチカチカしている。嫌な予感がした。人生で感じたことのない、とても大きな予感だ。脳が発する爆弾のような痛みよりも、その予感の不吉さに私の心臓は鼓動を早くしていた。

「違う、よね…?」

二人と私がいる世界は、私の人生で一番綺麗だった。二人は私を拾ってくれた。私の、綺麗な、ガラス玉みたいに綺麗な本当の、愛が…

点滅が晴れた。春花ちゃんが泣きながら私にすがっている。私は急いで顔を上げて、さっきまで二人がいた場所を見た。でも、そこには、この施設の小汚い壁と小さなテーブル。あと、小さな眼球と亀の甲羅があるだけだった。

「なに…が?」

何も分からなかった。でもただ、あの家に戻りたいと思った。
でも、なぜか。
あの家の場所が分からなかった。いつも帰っていたあの場所が。一度疑問が浮かんだら、他にも多くの疑問が湧き出てくる。あの二人の声が思い出せない。というか、あの二人の声を聞いたことがない気がした。あの二人の顔が思い出せない。というか、姿なんて一度も見たことがない気がした。あの家が、あの風景が、あの幸せが、急になにもかも、思い出せなくなった。私の懐で、春花ちゃんが泣き疲れて寝ている。頭痛が始まってから終わるまで結構な時間が経っていたようだ。春花ちゃんの寝顔を見ていると、なにかが、ふつふつと湧いてきた。

「汚い」

眼球に指を突っ込んだ。そのまま床に押し倒して、テーブルの足を口に突っ込んだ。悲鳴をあげないように首を絞める。ずっと仲良くしてきたけど、そういえばこいつも家族のいないクズだった。私に抱きついてくるなんて身の程がわかって無さすぎる。春花ちゃんは、何が起きたのか分からないって顔のままだんだん動かなくなっていった。事切れてなにも言わなくなったそれをベッドの上に投げ捨て、考える。一体何が起きたのか。なんで二人が私の前から消えて、その代わりにこの小汚い部屋とこんな女が現れたのか。なにもわからなかった。
そのまま考えていたら朝になって、準備をして学校に行った。でも、見える景色はいつもとは違っていた。学校にいる子達はみんな幸せそうな顔でその日を謳歌している。私も昨日まではそうだったはずなのに。いや、違う。私のお父さんとお母さんは、いるんだ。きっと私が家の場所をど忘れしちゃっただけなんだ。だから今日だ、今日だけだ、顔に浮かべる笑顔がニセモノなのは。

「未央ちゃんどうしたん?なんか今日元気ないやん。」 
「先生...」 
「なんや、施設で喧嘩でもしたんか?程々にしときや。アンタんとこの先生もう結構年いってはんねんから。無理さしたりなや。親代わりみたいなもんなんやろ?」

親代わり?私の、親は...

「私の親は、あの二人だけです。」
「あの二人?けど、未央ちゃんアンタ...」

先生が小さい悲鳴を上げてのけぞった。周りが少しざわついた。

「おわかりいただけますか、先生?」

帰り道、家の場所を思い出すためにも同じ道を歩いて帰る。施設の手伝いも当然行う。今日の施設は、様相が少し変わっていた。どうやら新しい子が入所してきたらしい。

「橘 あかりです。よろしくお願いします。」

珍しいな。ここに来る子はほとんどが乳幼児なのに、この子は見たところ中学生のようだ。
もしかして、親、がいるのか?おそるおそる質問を投げる。

「あかりちゃんはどうしてここに?」

すると彼女は少し顔を曇らせて、

「パパとママが離婚したのよ。それでパパはどっか行っちゃったからママと一緒に暮らしてた。けど、今日の朝にママが「アンタととうとう別れられる」って言って、私をここに預けたんだ。」

それを聞いて、私は胸をなでおろした。なんだ。こいつも捨てられたクズじゃないか。私はその子の脚を思いっきり蹴った。 

「な、なにするの!?」
「罰だよ、罰。先輩には敬語で話さないと。アンタの出自なんてどうでもいいのよ。え?なによ、その反抗的な目は。」

頭を掴んで腹を殴る。

「アンタはもう終わったのよ。捨てられたの。もうどうしようもないんだから、大人しく私に従っときなさい。」

そう吐き捨て、業務を開始した。その日の仕事中はずっと彼女が睨みつけてきていた。だから何度も蹴った。何度も蹴った。でも彼女は、私を睨み続けることをやめなかった。その子は周りの子達から羨望の眼差しを向けられていた。
やっと業務が終わった。いつもはとても楽しく過ごせる時間なのに、今日は色々あってすごく疲れた。でも今なら、あの家に帰れそうな気がする。先生に挨拶をして、いつもの帰路につこうとした。

「え?」

すると何故か私の足は、さっきまでいた施設の方に向かって進みだした。でも、なぜかその道はいつも通っている道な気がした。そしてたどり着いたのはあの小汚い、憎たらしい部屋だった。中に入ると、また急にとてつもない頭痛が走った。痛みは前より少なくなっていた。少し落ち着いてから中を見ると、投げ捨てたはずの春花ちゃんがベッドの上に座ってこっちを見ていた。変わったのは姿勢だけで、表情は殺したときのままだ。目が大きく開いている。

「あなたにはハナから、家族なんて存在しないの。」

開口一番、春花ちゃんはそう言った。

「あなたの家族だったものも、そして今の私も、同じ。あなたが見ている夢。蜃気楼。」

また、頭痛が強くなる。脳が言葉を理解するより先に目の前の景色が変わっていく。気づけば春花ちゃんは朝ここを出た時から一切変わらない位置で冷たくなっていた。

「夢...?そんなわけ...」

ガチャッ。
ドアが開く音がした。振り返るとそこには今日入所したばっかりのあの子がいた。こっちに、冷たい目を向けている。

「なによ、アンタ。今私は取り込み中なの」
「死んでください」

そう言うと彼女は金槌を取り出し、私の頭を...

次に見えた世界は、ぐにゃぐにゃ歪んだ世界だった。色んな色が交差して波のように流れている。向こう側にお父さんとお母さんが見えたから、向かった。でもそこには、亀の甲羅と小さな目玉しかなかった。懐かしいな。これは私の入学式のあの日、帰り道で捨てられてた猫の死体からくりぬいたんだ。この甲羅も、道路で転がってたから、拾った。
捨てられてたから、拾ったんだ。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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