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【米津玄師】Pale Blue 他2曲について【CD感想】

前回記事→【米津玄師】Pale Blue【新曲感想】

 前回はCD発売前、先行ダウンロード配信されていた新曲についての感想を載せました。
 今回はCD全体を聞き込んだうえでの、収録曲3曲の感想について述べます。
 表題曲に関しては、前回からだいぶ感想が変わった部分もあります。やはりしっかり歌詞を読まないとわからないものですね。

 記事内ではなるたけ歌詞の引用を避けていますが、どうしても引用せずには説明しづらい箇所があります。
 引用した歌詞は「」でくくったうえで太字強調をしてあります。
 もし漏れなどありましたら、指摘いただけますと幸いです。

1.Pale Blue

 こういう、たっぷりの感情をぶつけて来る歌はやっぱりいいですね。とても好きです。
 心臓にぎゅんぎゅんきますね。

 前回記事では人工衛星ボイジャーのエピソードに関連付けて述べました。
 しかし、改めて歌詞カードを読みながらじっくり聞き込みますと、それは間違いだったように思えてきました。
 あの『ペイル・ブルー・ドット』とは関係せず、結婚式のサムシングブルー、そして悲しみの象徴としての青にかけた命名なのではないでしょうか。

 「もうおしまい」と言いながら、終わりの光景になぜか悲しくなる。なぜか最後の言葉が言えない。
 そして、ずっと恋をしていたことに気づく。
 「以前から続き、このあとも残り続ける思い」ではなく、「どうしようもなく変質してしまったかつての思いと、今覚えた新しい思い」の歌――というと、また少しニュアンスが違うような気がしますが……。
 かつての恋を思い出し、また新たに恋をし直す、という感じでしょうか。

 歌が始まってすぐくらいに「最後くらいまた春めくような 綺麗なさよならしましょう」という一節がありますが、ここいいですよね。
 綺麗なさよならなんて絶対できないじゃないですか。だって相手のことめちゃくちゃ好きなんだから。
 相手への思いを抱えていることは続く歌詞で切々と語られるわけですが、最初のところでは、できもしない希望を言ってしまうわけですよ。
 お別れしたくないし、愛してるし、すぐそばで見つめていたいけど、でもみっともない姿をあなたに見せたくないから、せめて最後くらい格好つけたい。
 わかる……そんな恋一度もしたことないけどわかる……。その感情は少女漫画で履修した。
 自分では経験してないことを、さも身に迫った感情のように思えるのも、音楽の力ですよね。
 人間関係構築下手くそマンが、創作物のみで人間の感情を学んでいると、しばしばこういう「わからないのにわかった気になる」現象が起きる。

2.ゆめうつつ

 『ゆめうつつ』は日テレ系報道番組『news zero』のテーマソングとして製作されました。
 ゆったりとした曲調で、優しく、どこか包まれるような安心感を覚えました。でっかい風呂敷にくるまれて端をしばって、ぎゅっと抱えてもらっているような。
 初めて番組でこの歌を聞いたとき、テレビに草原を走っていく羊の群れが映っていたことがなぜかとても印象深くて、脳裏に焼き付いています(※1)。

 『ゆめうつつ』が流れるのは夜の報道番組の最後、1日の終わり。今日1日の出来事を振り返って、さあ寝ようかという時に流れる歌声です。
 ニュースで流れるのは明るい話題ばかりではなく、ともすると悲しい出来事の方が印象に残る日もあるでしょう。紛争や犯罪にあふれる現実に、苦しい気持ちになりもします。
 そんな世界を迂遠に表すかのような歌詞から、今夜くらいは、と続くサビで歌われるのは、どこまでも優しい「あなた」のための祈りです。

 「~でありますように」と祈る歌声からはどこか切実さを感じます。
 世界平和だなんて大それたことは願わない、ただ「あなた」の平穏を祈る。
 それすら、結局実現しないのではないかと――少なくとも、歌い手自身は叶わない気配を感じているのではないかと思われるような切実さです。

 『願い』と『祈り』の違い。
 僕の中では、願いは「きっと実現させる」と誓うものであり、祈りは「かくあれかし」と天にすがるものかな、と思います。
 願いの方がより現実的で、祈りは自身ではどうしようもない領域のことを、それでもどうか、と思うもの、というか。
 この『ゆめうつつ』で歌われているのは、祈りに近い気がします。

 優しい祈りを捧げながら、一方で「あんな人にはわからない」と強い否定も投げかけます。
 「あなた」への慈しみがあるからこそ、それを傷つける誰かへの拒絶もまた含んでいるような。
 拒絶、憤り、反発……どの言葉もいまいち的を得ていないようでしっくりきませんね。
 例えば、大事な友達が傷つけられたとき、何もできなかった自分が情けなくて、友達を傷つける全てが憤ろしくて悔し泣きをするような。
 そんな気持ちな気がします。

 うまく言えないですが、すごくあたたかい祈りの歌で、僕はすごく好きなんですけど、一方でこれを歌ってもらったあと、一歩先の現実はもやに包まれて見えないような、漠然とした不安を感じます。
 一歩踏み出したら地面が無くて、どこまでも落ちていってしまいそうな。
 曲の終わりが、まるでラジオの電源をぶつりと切るようなノイズと共に締められているのも、その不安の一因かもしれません。
 なんだかすごく不安定なんですよね。
 そして、このノイズまじりの容赦ない『終わり』が、とても自然に3曲目へと繋がっていきます。

3.死神

 おっこれは落語(※2)だなとにやりとしていたら、CD発売に先んじて公開されたインタビュー記事(※3)で正にそうであると答えられていて僕は天にこぶしを突き上げました。
 「そりゃそうだろ」と言うむきもあるかもしれませんが、自分の思ったところが公式から「そうだよ」と肯定されると得も言われぬ喜びがあります。

 『死神』は全体的にほどよく力が抜けて、治安悪めな夜の街をぶらついているようなイメージです。
 あと非常に口がお悪い。口の悪さでいったら多分過去イチ。
 米津の楽曲は基本的にあんまり丁寧な言葉遣いはしないですが、とはいえ明確に「悪い」口調を使っているのは『死神』くらいな気がします。
 多分そう。アンモラルなものとか乱雑な口調とかはあるけれど。
 なんだか、ハチ時代の雰囲気に似通ったものを感じました。

 『死神』には、いわゆる死神役、亡者役、そして落語で言うところの主人公役と、3枠の登場人物がいるように思われます。
 死神が主たる語り部、亡者は「どうせ俺らの仲間入り」と笑う。
 サビで「プリーズ ヘルプ ミー」と叫び、「ああ 何処へ行く 妻子もいるんです」と嘆くのは主人公――というか、死神との約束をたがえ、みずからろうそくを吹き消すこととなった生者の立場(※4)でしょう。
 僕は「ああ 火が消える 夜明けを待たずに」「ああ 面白くなるところだったのに」というところが特に好きです。
 これは今まさに死んでいく生者の嘆きと、あと半分はそれを酒の肴にする亡者――あるいは落語の聞き手たる我々の声ではないでしょうか。

 取り返しのつかないものが、あっけなく消える喪失感。恐ろしい情景なのに、なぜか滑稽さを伴うちぐはぐな空気。
 ぞっとしますね。こういうの大好きです。

4.終わりに

 総評して、今回のシングルも最高でしたね。
 3曲の中では『ゆめうつつ』が一番好きかもしれません。
 この曲を聴くと、僕の脳内を羊さんの群れがめえめえ渡っていきます。かわいい。癒し。

 今までのシングルカップリング曲の中では僕は『翡翠の狼』が一番好きだったんですが、それと並ぶくらい『死神』が気に入ってしまいました。
 解釈次第でいくらでもぞっとできそうな底知れない暗さがあって、でも明るく突き抜けていく潔さもあって、いいですね。

 今回のシングルは、普段よりも曲同士のつながりが意識されているように感じました。
 『Pale Blue』がデクレシェンドで終わり、笛とも風の音ともつかない音がクレシェンドで聞こえてきて『ゆめうつつ』が始まる。
 砂嵐とラジオがぶつりと切れるような音で『ゆめうつつ』が終わると、同じくラジオのような少しざらついた音で『死神』が始まる。
 『死神』は最後すぱっと終わって静寂に入るのですが、CDをリピート再生していると、その静寂の中に『Pale Blue』の歌い出しの吐息が聞こえる。
 曲と曲が違和感なくつながり、CD全体でひとつのアートであるかのようにも思えます。

 過去の色も垣間見えながら、次々と新たな境地へと進んでいく米津玄師のニューシングル『Pale Blue』。
 いいですね。進化がとまりませんね。
 どこまでも遠くに行ける気がしますね。
 仮に進化の足をとめる時が来たとしてもそんな米津玄師も全肯定しますが、歩ける限りはどこまでも歩いて行ってほしいと思います。

 そしてライブに……ライブに行きたい……。
 チケットが欲しい……そもそもライブが開催されない……。
 せめてライブ円盤売ってください。CDに付属のでなくて、一日の曲目全部収録したやつ。
 以前になにかのインタビューで「映像を残すことにあまり意味を感じない」とコメントされてた気がしますが、意味はあるので売ってください。
 ライブ行けなくても行った気になれるので……どうか……。

注釈

※1)いいですよね、羊さん。めえめえかわいくて、ふわふわで暖かくて、焼いたらおいしいんですよ。最高ですよね。

※2)元ネタが落語だということはすぐわかったのですが、なにぶん子供のころに本で読んだきりの知識だったもので、死神を退ける呪文があることは今回初めて知りました。
まあ多分きっと、本にも書いてはあったんでしょうけれども。
小学生の僕は最後、命のろうそくが吐息で、ふっと消える場面が好きでしたね。ほぼほぼそこしか覚えてない。

※3)インタビュー・記事:柴那典氏<米津玄師「Pale Blue」インタビュー|ポップソングの面白さを追い求めたどり着いた、究極のラブソング>音楽ナタリーにて2021年6月12日公開

※4)サビの歌詞は基本的に、この「死神にあの世へ引きずられていく誰か」か「連れて行かれてすでに亡者となった誰か」の視点になっていると思います。

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