シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XXIX

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【 中に入ると門は自動で閉じた。押せば外へ開くので鍵がかかったというわけではないようだった。木地川が感嘆して奥へ駆け込む。
「広いねえ。僕らの教室二つ分くらいあるんじゃないかな」
 独立棟の大きさから校長室の他に数室設けられているだろうと思っていた猿野は面食らっていた。部屋は一室、見たところ他の部屋に通ずるような扉や階段はなかった。外見の東洋的装飾と打って変わって室内は洋装だ。床は白黒二色数平方センチの正方形が交互に配されたモザイク模様。壁は左右正面を使った油絵の拡大画となっている。上半身のはだけた女性が片手に旗を、片手に長銃を握り民衆の先頭に立っているのが印象的な一枚、ウジェーヌ・ドラクロワ作『民衆を導く自由の女神』。
 床のモザイクと壁の絵画のスケールが全く釣り合っていない。焦点が定まらず視界が揺れるような感覚に猿野は気分が悪くなっていた。部屋の奥に設えられた大机に集中して気を紛らす。この部屋にはそれ以外の調度品が見当たらなかった。】

第二十九回

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 机にはただ小さな瓶があるだけだった。白いラベルに手書きで“KI”と書いてある。手に取ろうとした木地川を止めて猿野は中身を透かし見た。
「なにかの錠剤が入っているみたいだな。錠剤にしては丸くて大きさは小さな団子くらいある。ハカセってなにか病気でもしてるのか」
「わかんないよ。なにせほとんど表に出てこない人だもの。これが薬だとしたらそうなんじゃない」
 木地川は猿野に打たれた右手をさすり、恨めしそうに言った。
「でも、ちょっと美味しそうだよね。そういえば丸い薬って言ったら桃太くんが毎日お母さんに食べさせられてるって言ってたよね」
「そうだったかもな。たしか健康のために」
 健康食品の一つだと思うとそれに対する猿野の関心は急速に冷えていった。それよりも机の周りに漂う化学薬品の匂いが気になった。大きな机と釣り合わない木製のスツールに手をかけて持ち上げようとしたとき、チャイムが鳴った。驚いて顔を上げ見たものに彼は言葉を失った。それまで部屋の奥しか見ていなかったから気づかなかったのだ。入口側の壁には一面中モニターが設置されていた。それは学校中はもちろん、この町のありとあらゆる場所を映し出した監視カメラの映像だった。
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パノプティコン、ではないんですけどね。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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