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イジン伝~桃太朗の場合~XXXIV

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【「仮に私があなたに近づいた理由が同情だとして、私がそれを認めると思うの。それに同情の何が問題なのかしら。共感と言葉を変えれば納得するの。どう表現したかの問題で行為そのものには違いなんてないのではなくて。こうして私があなたに腕を絡ませるのも好意からなのかそれとも情欲からなのか、私の本意を無視してあなたはただ自分の解釈でそこに名前をつけて表現するだけ。今あなたはこれが私の性的欲求であることを必死で否定して好意かもしくは演技であると信じ込もうとしている。その方が自分に都合がいいからよ。親のことだってそう、あなたはそれをみんなから避けられる理由だと思っているんでしょう。自分を特別だと思う根拠にしているんでしょう。それって真実なのかしら。それはあなたが勝手につけた呼び名でないと言い切れるの」
 朗は腕をほどいて汚いものに触れたかのようにばさばさと振った。
「急に何言ってるんだ。お前はなぜオレに関心を持っているか聞いただけだ。表現がどうのこうのと意味がわからない」
 言いながら朗は自分の呼吸が浅くなっていることに気づく。踵を返し教室棟へ向かう。一階へ降りる階段はすぐそこだ。早くこいつを振り切らないと。
「待って。朗くんを傷つけたかったわけじゃないの。私はあなたに、その、笑ってほしいだけなの」
 犬村の声はいつもの堅さを取り戻していた。さっきの艶めかしさを失って今はただの少し大人びた女子中学生になっていた。朗は意に介さず彼女から離れる。傷つけたかったわけじゃないだって。まるでオレが傷ついたみたいじゃないか。
「お願い。待って。あなたは私のことをどうとも思っていないかもしれないけれど、私はどうしてもあなたが必要なの」
 階段を下る朗を追い抜いて彼女は踊り場で手を広げる。ヌルい空気と細かな埃はそこにも漂流していて、薄い七色にぼけた視界が幼かった頃の母との記憶につながった。】

第三十四回

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 朗が目を開けるとくしゃりとしわがかった青がそこにあった。香ばしい太陽の香りとほんのり漂うよだれ臭さ。布団をたぐり暗さを求める。いくつもある太陽なんて嫌いだった。夢に出てくる太陽はいつも一つしかない。
「朗、いつまで寝てるんだ。お母さんがいつまでも食器を片付けられないじゃないか」
 朗はさらに布団へ潜ってぎゅっと体を一度丸めてから外へ這い出した。裸足が床についたとき寝ている間に離れていた感覚と意識が重なる。足の裏がつるりとしたフローリングの感触を捉えたときにこれが自分の体だと気づく。幼いときは感じる一つ一つが新鮮で、自分を作るブロックみたいなものを積み重ねている実感があった。
「朗、何回言わせるんだ。早く起きてきなさい」
「ごめんなさいお父さん。今行きます」
 小さな体でベッドの布団や毛布をたたんで部屋を出る。衣服やタオル、ましてや布団なんてみんな“サリー”にたたませるのが普通だと知ったのは小学校中学年になってからだった。サンタクロースがクリスマスにプレゼントを持ってくるわけじゃないことのほうが先に知っていた。両親は、特に父は自分でやれることは自分でするべきだという古い考えの持ち主だった。家事手伝いアンドロイドの“サリー”は国から支給されたから家に置いているだけだと父は言ってはばからなかった。
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今日も変わらず鳥は窓の外で鳴いていました。いろいろと変わるけれど私たちの本当に根底の部分はそれほど変わっていないと思います。不安になったらそこへ帰ってくればいい、そんな場所があることを思い出させてくれます。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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