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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXXIV

前回記事

【 彼らが昇降口から出ると不気味な音が聞こえた。かすかな、それでも確かな一音の連なり。コツン、コツン。すべての鬼がずれることなく同じリズムで刻む足音。姿は見えない。だが確実に近づいている。
――生徒の呼び出しです。これから名前を挙げる生徒は速やかに職員室に集まって下さい。桃太朗くん、犬村涼菓さん、猿野徹信くん、木地川詩羽くん。以上四名は至急職員室に集まって下さい。繰り返します……――
 そこに校内放送が加わる。いつもと変わらないトーンで人工の感情が平板な電子音声が昇降口から手をこちらに伸ばすように聞こえてくる。
「こりゃあオレら急に指名手配犯だな。人気者も楽じゃないぜ」
 猿野がぐっと伸びをして大あくびをついた。朗も上から下ろしてくるたくさんの視線を感じて吐きそうになっていた。関心の方向を決めかねた凪の視線。朗たちを今まで通り自分たちの一員(とはいえ四人は少しづつずれたところのある生徒と以前から思われていたのだが)とするのか、それとも異物として非難するべきなのか。潮目はまもなく片方に決してしまうだろう。
「あんまりいい気分じゃないよ。それに僕、昼ごはん食べ損ねた」
 木地川がうんざりしたというように肩を落とし腹をさすった。犬村は挑むように教室の方を睨んでいる。
「それはオレもさ。だからまずは、オレの家に行こう。団子の一つ二つはきっとあるはずだ」
 朗は他の四人を引き連れて校庭を走り外へ抜け出した。猿野がぼそっと呟く。
「まさかこんな形で不登校になるなんてな」】

第五十四回

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 朗の家は学校からさほど離れていない郊外にあった。この表現に矛盾があると猿野に噛みつかれた朗も
「でもそう言うしかないんだ」
と素っ気なく言うしかなかった。しかし、だからこそ朗は隠れ家として自分の家が適当だと考えたのであった。“鬼”の包囲網が到達しておらず、比較的国の統制システムが緩いから安全だろうと朗が説明すると、走るのに疲れて既にほうほうの体になった木地川が息も切れ切れ尋ねた。一呼吸ついては話すといった具合だったので聞いている朗たちは頭を働かせて彼の言葉を再構成しなければならなかった。要は「朗の家では心地よく生活できるか」ということだったのだが、朗はにべもなくそれは無理だと答えた。“イシス”の禁断症状者のように脚を震わせる木地川の手を引いて続ける。
「だから安全なのさ。ほとんどすべての社会保障システムをオレの家では使っていないんだ。唯一利用しているのはニュース通信と全自動食事生成機くらいだ」
「じゃ、じゃあ、音楽もバーチャルダイブもないってこと」
「木地川、諦めろ。きっと桃太の家じゃ洗濯物だって手洗いだろうぜ。おばあさんは川に洗濯へ、ってな」
「猿野くん、あなたそれ以上桃太くんを侮辱すると、許さないから」
 桃太は周囲で交わされる会話に困惑していた。自分の一言が部屋の壁に反響して返ってくることはあっても、違う言葉になって、他人の声になって響くことを経験したのは初めてだったからだ。その違和感に彼は腿をつまんだ。それは痛く、朗は夢じゃないこの光景を少し涙目になってもう一度見つめた。
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 前回記事の「不登校」というワードの使い方に不快な思いを抱かれる方もいるだろうと気づきました。こういうところに気を配れないのはいけないですね。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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