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イジン伝~桃太朗の場合~XXXI

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【「こんなことって」
 木地川も壁を覆い尽くすモニターに気づいて言葉を失っている。猿野は乾いて唾液を飲み込めず痛む喉に手を添えてそれら映像にぼんやりと目を向ける。各モニターには番号が振られておりそのサイズはまちまちだ。番号順に並んでいるというわけでもないらしい。例えば、友達の背中に「アホ」と書いたペラ紙を貼って笑いをこらえている生徒が映し出されているのは129番の小さなモニターだが、数人の女生徒に囲まれて身をすくめているおさげの女子を捉えた隣のモニターは18番で129番より一回り大きい。
 このモニターにはすべての人間の人生が一秒たりとも欠けずに記録されているのだ。本人さえ忘れてしまった、もしくは本人さえ知らない自分の言動のすべてが。43番モニターに映るのは家の掃除に励む女性の姿、隣の77番ではやせ細った男性があられもない姿となった制服姿の少女に目隠しをしている。斜め上かなり小さなモニターが見せるのは縁側に座ってほのぼのとお茶をすする老夫婦、部屋の右隅90番では男がビルの屋上で裸足になって今にも飛び降りようとしている。
 猿野の背中がくつくつと震え、びくりと止まったと思うと彼は腹を抱えて笑い始めた。木地川が顔をひきつらせ泣きそうになりながら「どうしたのさ」と半ば叫ぶように問う。モニターには鬼怒井を映したものもあって、彼女は今音楽室を出たところのようだった。その顔には壮絶な満足とでも言い表せる狂気の表情が浮かんでいた。
「どうしたって?これが笑わずにいられるか。ハカセが、あの謎多き美人校長が選んだ研究対象は化学薬品でも小動物でも機械でもなくて、俺たち人間だったんだ。俺は検体6番、お前は検体3番なんだよ」
 猿野の指差した6番モニターと3番モニターには他ならぬ彼ら自身が映し出されていた。】

第三十一回

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「コマンド:アポトーシス、最終フェーズに移行します。皆様の死が安らかなものになることを祈ります。同時展開、コマンド:ディスカード、準備フェーズに移行します。キャンバスは白くないと新しい絵は描けません」
 平板な女性の声が響き渡った。と机が前にせり出しその下に階段が現れた。薄かった薬品臭が一気に部屋中に広がる。
「鬼怒井研究員はただちにラボへ入室し、各コマンドの最終許可を認証して下さい。繰り返します。鬼怒井研究員はただちにラボへ入室し、各コマンドの最終許可を認証して下さい」
――ノデ、私だ。鬼怒井だ。なぜ起動した――
 猿野たちは以心伝心、出口へ駆け出した。モニター番号0には右耳に触れ眉間にしわを寄せた鬼怒井の姿が映し出されている。機械的な音声に答えているのは彼女の声だ。間もなく教室棟というところまで彼女は来ている。
「室内に微量の炭酸ガス発生を検知しました。ID認証は現在停止されています」
――まさか私の部屋に忍び込む者がいるとはな。すぐに部屋を閉鎖しろ――
 門を開け放ち渡り廊下を走る。けたたましい警告音が鳴る。視界が狭まっていくような感覚に襲われ猿野は手の甲で目元をこする。錯覚ではないらしい。
「まずいよ。このままだとつぶされちゃう」
 木地川は悲鳴を上げた。屋根が角度を縮小したたまれ始めたのだ。完全に閉じてしまえば二人は屋根に挟まれた押し花状態になる。スピードを上げる。短いと思っていた廊下が長く見える。渡り切るまではあと五メートルある。
「あ」
 気の抜けたような声が聞こえて振り返ると木地川が転倒していた。屋根の両翼はもう肩幅ほどまで閉じている。
「お前、ふざけんなよ」
 言いながら猿野は木地川に駆け寄っていた。立ち上がらせ少しでも屋根の動きを鈍らせようと手をかける。しかし押しても押しても屋根は止まらない。二人の断末魔とともに屋根は完全に閉じ、警告音も余韻を残して消えた。
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言うことばかり一丁前。になってますね、私。こういう時なんて言えばいいのか、分かりませんね。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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