シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XXX

前回記事

【 机にはただ小さな瓶があるだけだった。白いラベルに手書きで“KI”と書いてある。手に取ろうとした木地川を止めて猿野は中身を透かし見た。
「なにかの錠剤が入っているみたいだな。錠剤にしては丸くて大きさは小さな団子くらいある。ハカセってなにか病気でもしてるのか」
「わかんないよ。なにせほとんど表に出てこない人だもの。これが薬だとしたらそうなんじゃない」
 木地川は猿野に打たれた右手をさすり、恨めしそうに言った。
「でも、ちょっと美味しそうだよね。そういえば丸い薬って言ったら桃太くんが毎日お母さんに食べさせられてるって言ってたよね」
「そうだったかもな。たしか健康のために」
 健康食品の一つだと思うとそれに対する猿野の関心は急速に冷えていった。それよりも机の周りに漂う化学薬品の匂いが気になった。大きな机と釣り合わない木製のスツールに手をかけて持ち上げようとしたとき、チャイムが鳴った。驚いて顔を上げ見たものに彼は言葉を失った。それまで部屋の奥しか見ていなかったから気づかなかったのだ。入口側の壁には一面中モニターが設置されていた。それは学校中はもちろん、この町のありとあらゆる場所を映し出した監視カメラの映像だった。】

第三十回

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「こんなことって」
 木地川も壁を覆い尽くすモニターに気づいて言葉を失っている。猿野は乾いて唾液を飲み込めず痛む喉に手を添えてそれら映像にぼんやりと目を向ける。各モニターには番号が振られておりそのサイズはまちまちだ。番号順に並んでいるというわけでもないらしい。例えば、友達の背中に「アホ」と書いたペラ紙を貼って笑いをこらえている生徒が映し出されているのは129番の小さなモニターだが、数人の女生徒に囲まれて身をすくめているおさげの女子を捉えた隣のモニターは18番で129番より一回り大きい。
 このモニターにはすべての人間の人生が一秒たりとも欠けずに記録されているのだ。本人さえ忘れてしまった、もしくは本人さえ知らない自分の言動のすべてが。43番モニターに映るのは家の掃除に励む女性の姿、隣の77番ではやせ細った男性があられもない姿となった制服姿の少女に目隠しをしている。斜め上かなり小さなモニターが見せるのは縁側に座ってほのぼのとお茶をすする老夫婦、部屋の右隅90番では男がビルの屋上で裸足になって今にも飛び降りようとしている。
 猿野の背中がくつくつと震え、びくりと止まったと思うと彼は腹を抱えて笑い始めた。木地川が顔をひきつらせ泣きそうになりながら「どうしたのさ」と半ば叫ぶように問う。モニターには鬼怒井を映したものもあって、彼女は今音楽室を出たところのようだった。その顔には壮絶な満足とでも言い表せる狂気の表情が浮かんでいた。
「どうしたって?これが笑わずにいられるか。ハカセが、あの謎多き美人校長が選んだ研究対象は化学薬品でも小動物でも機械でもなくて、俺たち人間だったんだ。俺は検体6番、お前は検体3番なんだよ」
 猿野の指差した6番モニターと3番モニターには他ならぬ彼ら自身が映し出されていた。
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書く時間も大切だけど、本を読む時間も確保したい。ジレンマをはね退けられるかどうかは自分のタイムマネジメント次第。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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