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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXIV

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【「このあたりのはずなんだけど」
 教室に戻るのではなく、犬村は教室棟の端へと朗を導いた。まもなく授業が始まる頃合い、雑談しながら教室へ向かう生徒たちの中へ戻っていかずに済むことは朗にとって好都合だった。犬村と一緒にいれば彼らになんと冷やかされるかわかったものではない。あとで授業を二時間休んだことを報告に行かなければならない。
「それでその二人って誰なんだ」
「会ってからのお楽しみ。きっと気にいると思うわ」
 犬村の含みのある言い草が気になったものの、自分の選んだ道なのだと頷いた。「でもこの先って校長室じゃないのか。生徒は立入禁止のはずだろう」
 渡り廊下の入り口には大きくその旨が書かれていて、気づかなかった奴がもしいたとするならどうかしていると朗は思った。犬村は肩をすくめて呆れたように言った。
「大丈夫。私たちが入っていくわけではないから。それにしても、馬鹿な人たち」
 ガラス戸の向こうに何かが動いているのが見えた。磨りガラスでぼやけてよく見えない。そっと朗が近づくと突然戸が開け放たれた。
「ああ死ぬかと思った」
 大声でそう言って出てきたのは二人の少年だった。】

第四十四回

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 一人は背の低いやせっぽちの赤鼻少年で、もう一人はひょろひょろした眼鏡の少年。そして二人とも着ている制服はあちこち擦り切れて、そのボタンのいくつかが取れてしまっていた。ほつれた糸が淋しそうに生地から生えている。
 二人はまさかそこに誰かがいるとは思っていなかったので口を開けたままびくりと体を震わせた。反射的に胸の前で腕を交差させたときに辛うじて糸と繋がっていたボタンが外れて飛んで朗の前に転がる。
「お前かよ」
 心底うんざりだ、というのが丸裸な声色に赤鼻の少年はむっとしてそっちを睨んだ。眼鏡の方は朗を見て目を輝かせる。
「お前かよ、は失礼だろ。オレだよ、猿野だよ。悪いか桃太さんよ」
「わあ、桃太くんだ。僕たちずっと探してたんだよ。会えてよかったあ」
 ポケットに手を突っ込み詰め寄ろうとする猿野を押しのけ眼鏡くんは朗に駆け寄った。朗はその分数歩退いて人懐っこく笑う彼を手で示し、隣に立つ犬村に問うた。「この子は誰なんだ」
「知らないの。同じクラスの木地川くんじゃない。歌うのが得意で音楽の授業では目立ってたと思うけど」
 彼から自分に伸ばされた手をしげしげと見て朗も腕を伸ばした。細くて白い骨ばった手。握手を交わすと意外に温かで強い力に引き寄せられた。
「木地川だよ。よろしくね。こっちは猿野くん。とっても物語が上手いんだ。あ、聞いてたから分かるかな」
 よろしくとほとんど独り言のように呟いて朗は唾液を飲み込んだ。口が乾いて舌が引っかかる気がしたのだ。そっと視線を下げてゆっくりやってくる猿野を見た。口を尖らせそっぽを向いた彼は手の届かない位置で止まった。よく見ると顔色が悪いようだ。うっと口に手を持っていった猿野はその場に崩れて嘔吐した。
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ようやっと四人が出会いました。長かった。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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