イジン伝~桃太朗の場合~XXV
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【 それが自分たちに向けられたものでないとわかると二人は再びドア越しに耳をそばだてる。女性らしき人物がすすり泣いているのが聞こえた。さっきの大声は男声だった。
――泣くな。これはお前一人の問題じゃないんだ。俺らみんな決まってたことじゃないか。だからこれまで精一杯生きようとしてきた。そうだろ。それなのに泣いたりしたら決意がゆるいじまう――
――わかってる。わかってるわ――
――いいや、わかっちゃいない。そんなんじゃ家に帰ってから子供たちに気づかれる。この秘密は保護者の役割を与えられた俺たちの内で留めておかなきゃならない。……人類のために。だから立て――
短い悲鳴、かちゃかちゃと装飾品の相ぶつかる音がした。男の鼻息が荒い。
――あんた、奥さんを放してあげなさい。これは感情の問題。怒鳴り声をあげても解決せんよ。それにお互い先は短い。仲良くしたほうがいいとは思わんかね――
「これって」「ああ」二人は聞き覚えのある老いしゃがれた声に頷きあう。
――ふん。おっしゃるとおりだがね、桃太のじいさん。アンタに言う資格はないんじゃないか。アンタんとこのは特別製らしいからな。その見かけからするとアンタ方も俺らとは違うんじゃないか――
――ふふ。そうなんですよ。肌のお手入れもかなり大変でねえ。歳取ると女性は大変よ。ほら、あなたもう大丈夫かしら。そんなに泣くと綺麗なお顔とメイクが台無しよ。ほら――
服もしわが寄っちゃうわ、老女の声は優しく木琴のような響きだ。女性が鼻をすすりながら
――ありがとうございます、桃太くんのお母さん。もう大丈夫です。私自身のことはどうでもいいのですが、娘のことを考えるとどうしても。でも、母親が悲しんでいる場合ではないですね。元気でいないとあの子が可哀想。桃太くんのお父さんもありがとうございます。夫が失礼しました。さああなた、行きましょう。パパも手伝ってくれないと困るわ。今日は頑張ったあの子にパーティーを開きましょう――
男は不満げに鼻を鳴らしたがそれきり廊下はスリッパのぴたこんが続いて、しばらくするとそれもなくなって蛇口から落ちる水滴の音が残るだけになった。】
第二十五回
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「なんかすごい話聞いちゃったね。覚悟だとか人類のためだとか。それと先が短いとか。さっきトイレにいた人もおんなじようなこと言ってたよね」
木地川は眼鏡を外して目を瞬かせて言った。猿野はそれに応えずに格子型に溝の入った床を睨んでいる。ラベンダーの芳香剤が今になって主張し始めきつい匂いで彼は軽い頭痛を感じていた。
「そういえば桃太くんが特別、なんて話もしてたよね。桃太くんのお父さんたちは冷静に答えてたけど。僕はちょっとそっちの興味も出てきたな。やっぱり桃太くんを探そうよ。たぶんこっちとは反対側、特別教室棟にでもいるんじゃないかな」
「そうだな。桃太とは一度話してみないといけなさそうだ」
目が輝いた木地川をしかし猿野は手で制し「だけど今じゃない」
「みんなの話をつなげて考えるとどうやら今ハカセが探してるのは桃太のようじゃないか。人類のため、もうすぐ死ぬ、結構じゃないか。なんだか俺もちょっとあいつに興味が湧いてきた」
この話を教室に持ち帰ったら今度こそ俺は人気者に、という本音は伏せて猿野はほくそ笑んだ。
「桃太の話はいつだって聞ける。だからさ今は」
猿野に耳元で囁かれ木地川は口をへの字に結んだ。「大丈夫かなあ」
二人はそっとドアを開け、周囲を気にしながら廊下を進んだ。
「目指すは校長室だ」
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「せ」と検索したら予測変換の一番初めに出たのは「選考会」でした。それは最近どきどきし続けるわけだと一人納得しました。
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