シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XXVIII

前回記事

【 授業終了まであと十分。袖の下に隠していたリストウォッチを確認して猿野を意を決した。内履きを近くにあった掃除用具入れに放り込むと駆け足で渡り廊下へ踏み込んだ。慌てて木地川も続く。
 傾斜の強い屋根は庇が彼らの胸の高さまであって、風力学が考慮されているようで内側にはほとんど風がなかった。むんと充満した濃厚な木の香り。木造の屋根は梁がむき出しになっている。普段感じることのない植物の香りを吸い込んで猿野は酔ったような高揚感に包まれる。
 長く見えた廊下をあっという間に渡り切り、緊張が緩んだ拍子に二人は顔を見合わせてくすくすと笑い出した。
「案外簡単なもんだな」「そうだね。なんか罠でもあるのかと思ったけど」
 目の前にした大門は装飾といった装飾は施されていない。にもかかわらず、漆塗りで鈍く輝く濃赤色が威厳と重厚さを演出している。門の上には特徴的な姿をした三匹の猿。
「お母さんの研究資料で見たことあるよ。たしか“見ざる言わざる聞かざる”っていうんだ」
 そして門の合わせ目をまたいで黒の筆字で綴られた一文。“真実は時に人を遠ざける”。
 猿野が押し込むと、重い手応えを感じたものの門は止まることなく開いていく。笑顔は消えていて、二人は呼吸を忘れ開く門を見つめていた。二人を急かすように風は後ろから門に吹く。】

第二十八回

~~~~~~~~~~~~~~~
 中に入ると門は自動で閉じた。押せば外へ開くので鍵がかかったというわけではないようだった。木地川が感嘆して奥へ駆け込む。
「広いねえ。僕らの教室二つ分くらいあるんじゃないかな」
 独立棟の大きさから校長室の他に数室設けられているだろうと思っていた猿野は面食らっていた。部屋は一室、見たところ他の部屋に通ずるような扉や階段はなかった。外見の東洋的装飾と打って変わって室内は洋装だ。床は白黒二色数平方センチの正方形が交互に配されたモザイク模様。壁は左右正面を使った油絵の拡大画となっている。上半身のはだけた女性が片手に旗を、片手に長銃を握り民衆の先頭に立っているのが印象的な一枚、ウジェーヌ・ドラクロワ作『民衆を導く自由の女神』。
 床のモザイクと壁の絵画のスケールが全く釣り合っていない。焦点が定まらず視界が揺れるような感覚に猿野は気分が悪くなっていた。部屋の奥に設えられた大机に集中して気を紛らす。この部屋にはそれ以外の調度品が見当たらなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~

今日の気温は前日から7度の上昇、まさに春の暖かさ。まだ曇っているけれど晴れてきたら春の匂いを味わいに行こうと思います。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

Twitter:@youwhitegarden
Facebook:https://www.facebook.com/youwhitegarden
HP:https://youwhitegarden.wixsite.com/create

サポートいただければ十中八九泣いて喜びます!いつか私を誇ってもらえるよう頑張っていきます!