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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXVI

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【「大丈夫」
 木地川が振り返って四つん這いになった猿野に寄り添った。嘔吐の内容物はそれほど多くないようだ。各家庭で食される完全栄養食は消化吸収も早いので正午までにはほとんど胃の中に残っていないのだ。犬村はトイレットペーパーを取ってくると引き返し、朗はポケットに入れたちり紙を猿野に手渡しその背中をさすった。触れると猿野がぶるぶる震えているのがわかった。日が差し暖かいくらいなのにどうして。
「たく。情けねえなあオレは。これくらいでいっぱいいっぱいになってるんだからよ」
 猿野がちり紙で口元を拭きながら涙目でそうこぼした。歯を食いしばり嘔吐物をかき集める。
「仕方ないよ。本当に死ぬかもしれない目に遭ったんだから」と木地川。
「向こうで一体何をしていたんだ」
と朗が尋ねても猿野は嘔吐物から目を離さず黙ったままだった。それは少し赤みがかって血が混じっているようだった。
「見られた以上、黙っていても仕方ないよね。僕から話すよ」
 木地川がぽつりぽつり話し始めた頃に犬村が戻ってきた。彼女の持ってきたトイレットペーパーで吐いたものを集め近くのゴミ箱に捨てながら、彼は自分たちが朗を探し始めてから今に至るまでの経緯を語った。話すのを渋っていた猿野も時折口を挟んでは補足して、徐々にその顔へ生気が戻ってきた。そして部屋を出て無事にこの場所まで戻ってきた場面に入るとほとんど猿野が話をしているのだった。】

第四十六回

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――ハカセが校長室に向かって来てるのがわかってオレたちは急いで引き返そうとした。渡り廊下に躍り出たオレと木地川は急いで出口へ走ったんだが、驚いたことに屋根が閉じて左右から迫ってきたんだ。妙に庇の長い屋根だと思っていたけれどあれは侵入者対策のプレス機だったんだな。のんびりしてたら潰されて人間の平面標本の完成だ。焦ったオレたちは更にスピードを上げて走った。ところがどっこい、あともう少しってところで木地川がこけやがった。絶体絶命。閉じてくる屋根を押し戻そうとしたけどもちろんそれで止まるわけもない。オレは死を覚悟した。
 でも人間追い込まれれば知恵が浮かぶらしい。屋根は木造りで内側にはわずかだけど木組みの間にスペースがあった。大人なら無理だったんだろうけど、幸運なことにオレと木地川はその隙間に体を滑り込ませることが出来た。まるで自分が金型に流し込まれる鉄にでもなった気分だったよ。身動き一つ取れないし、全身が常に何かに触れているんだ。思い出すだけで吐き気がする。
 しばらくすると外から声が聞こえた。苛立った声だ。
「また誤作動でもしたのかしら」
 舌打ちをしてぶつぶつと文句を言いながら何かしている気配があった。この装置を解除するには複雑な手順みたいなものがあるんだろう。その間にオレは必死で考えた。人間標本にはならなかったが、もし見つかってしまえばどんな酷い目に遭うかしれたもんじゃない。開いていく屋根にしがみつきながら懐を探った。目当ての物は見つからない。乱れる呼吸を意志の力で抑え込んでオレは木地川に目をやった。木地川はオレの取り付いている屋根の向かい側に貼り付いていた。顔を真赤にして、話す余裕はなさそうだった。
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すごくいい天気。桜もちらほら開花しています。

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