イジン伝~桃太朗の場合~XXVI
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【「なんかすごい話聞いちゃったね。覚悟だとか人類のためだとか。それと先が短いとか。さっきトイレにいた人もおんなじようなこと言ってたよね」
木地川は眼鏡を外して目を瞬かせて言った。猿野はそれに応えずに格子型に溝の入った床を睨んでいる。ラベンダーの芳香剤が今になって主張し始めきつい匂いで彼は軽い頭痛を感じていた。
「そういえば桃太くんが特別、なんて話もしてたよね。桃太くんのお父さんたちは冷静に答えてたけど。僕はちょっとそっちの興味も出てきたな。やっぱり桃太くんを探そうよ。たぶんこっちとは反対側、特別教室棟にでもいるんじゃないかな」
「そうだな。桃太とは一度話してみないといけなさそうだ」
目が輝いた木地川をしかし猿野は手で制し「だけど今じゃない」
「みんなの話をつなげて考えるとどうやら今ハカセが探してるのは桃太のようじゃないか。人類のため、もうすぐ死ぬ、結構じゃないか。なんだか俺もちょっとあいつに興味が湧いてきた」
この話を教室に持ち帰ったら今度こそ俺は人気者に、という本音は伏せて猿野はほくそ笑んだ。
「桃太の話はいつだって聞ける。だからさ今は」
猿野に耳元で囁かれ木地川は口をへの字に結んだ。「大丈夫かなあ」
二人はそっとドアを開け、周囲を気にしながら廊下を進んだ。
「目指すは校長室だ」】
第二十六回
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校長室は職員室の隣りにはなく、この学校では教室棟の隣に設けられた独立棟に存在する。校長たるものまずは生徒と向き合わなければならないからというハカセの教育論が反映され教室棟の近くにその執務室を設けたらしい。
しかし実際のところ彼女の姿を教室棟で見かけたことのある者は皆無で、あの建物では他人には決して見せられない実験、例えば禁じられた錬金術だとか人体実験が行われているのではないかという冗談が生徒の間ではじめましての挨拶代わりに交わされる。雪原にたった一輪だけ咲く百合の花のような、凛とした彼女の美しさを入学手引の写真で知った生徒は上級生たちからその冗談を聞いて、なぜこの学校の校長は白衣を着ているのかという疑問に一応の決着をつけるのである。
「本当に行くのかい」「このチャンスは逃せないだろ」
猿野と木地川の二人は独立棟に向けて伸びる渡り廊下の入り口まで来て二の足を踏んでいた。渡り廊下には壁がなく板敷き床の二倍ほどの幅を持った屋根がついている。半外という環境にも関わらず床は磨いたように光っている。突き当りには観音開きの大きな木製の扉があり表面には何やら文字が記されているようだが二人の位置からは小さくよく見えない。
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こういう秘密めいた建物は大好物で、書いていて、あるいは想像していてとても楽しいです。
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