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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXXIII

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【「一体どうしたっていうのよ。そんな怖い顔をして」
 突然猿野の隣の女子が声を震わせて桃田に問うた。彼女は思わず自分が立ち上がり声を荒げたことに気づいてすたんと腰を下ろした。唇を噛み握った拳を見つめて真っ赤になった彼女の呼吸は浅く、こらえきれないように脚が貧乏揺すりを続けている。猿野は話していた友人たちから離れ席に戻って彼女と桃太を見比べる。
 静かになった教室にぎいいと響いたのは犬村の椅子が引かれたからで、彼女はすっくと立ち上がり、誰に見向きすることもなく教室を出ていった。木地川があたふたと荷物をまとめ彼女に続くと、桃太は
「お前はどうすんだよ」
と猿野に投げかけ彼を真っ直ぐに見て待った。犬猿の仲だと思われている二人が言葉を交わすことに皆驚いた。注目が自分たちに向いていることに嫌気が差して桃太は不機嫌に目を泳がせて舌打ちした。そして彼もまた教室を出ていく。すすり泣きが残る。猿野はちょっと気になっていたその女の子、今朝自分を傷つけた女の子が泣いていることに気を惹かれて青い顔のまま不敵に笑った。あの古典映画のガンマンのように。彼がその後死んだかどうか、猿野は覚えていなかった。
「俺ら、ちょっと長い間学校休むかもだから、先生に、そうだ、鬼怒井校長に伝えといて。そんで帰ってきたらめちゃくちゃ面白い話するから聞いてくれよ。今度はオレしか知らないオリジナルの話するからさ」
 猿野が手の平に親指の爪を立てて裏腹にへらへらと教室を出た直後、隣の教室から悲鳴が聞こえた。
「鬼が、ここに向かっているぞ」
 連鎖するように自分の教室も騒がしくなり、あの女子が金切り声を上げた。
「私気づいてたわ。嫌な予感がして、怖くて震えが止まらなかった。あいつらのせい、きっとそうよ、猿野くんたちが悪いんだわ」
 猿野は肩をすくめて
「それでも惚れたもんは仕方ない」
と呟いた。教室に戻る理由もなくなった。彼は階段を下り、昇降口で待つ桃太たちに腕を振る。なんとなく、やっと自分が物語の中心人物になったような気持ちがして猿野はぱちんと両頬を叩いた。】

第五十三回

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 彼らが昇降口から出ると不気味な音が聞こえた。かすかな、それでも確かな一音の連なり。コツン、コツン。すべての鬼がずれることなく同じリズムで刻む足音。姿は見えない。だが確実に近づいている。
――生徒の呼び出しです。これから名前を挙げる生徒は速やかに職員室に集まって下さい。桃太朗くん、犬村涼菓さん、猿野徹信くん、木地川詩羽くん。以上四名は至急職員室に集まって下さい。繰り返します……――
 そこに校内放送が加わる。いつもと変わらないトーンで人工の感情が平板な電子音声が昇降口から手をこちらに伸ばすように聞こえてくる。
「こりゃあオレら急に指名手配犯だな。人気者も楽じゃないぜ」
 猿野がぐっと伸びをして大あくびをついた。朗も上から下ろしてくるたくさんの視線を感じて吐きそうになっていた。関心の方向を決めかねた凪の視線。朗たちを今まで通り自分たちの一員(とはいえ四人は少しづつずれたところのある生徒と以前から思われていたのだが)とするのか、それとも異物として非難するべきなのか。潮目はまもなく片方に決してしまうだろう。
「あんまりいい気分じゃないよ。それに僕、昼ごはん食べ損ねた」
 木地川がうんざりしたというように肩を落とし腹をさすった。犬村は挑むように教室の方を睨んでいる。
「それはオレもさ。だからまずは、オレの家に行こう。団子の一つ二つはきっとあるはずだ」
 朗は他の四人を引き連れて校庭を走り外へ抜け出した。猿野がぼそっと呟く。
「まさかこんな形で不登校になるなんてな」
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私も一度ある事情で学校を飛び出したことがありました。今ではちょっとした笑い話です。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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