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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXXV

前回記事

【 朗の家は学校からさほど離れていない郊外にあった。この表現に矛盾があると猿野に噛みつかれた朗も
「でもそう言うしかないんだ」
と素っ気なく言うしかなかった。しかし、だからこそ朗は隠れ家として自分の家が適当だと考えたのであった。“鬼”の包囲網が到達しておらず、比較的国の統制システムが緩いから安全だろうと朗が説明すると、走るのに疲れて既にほうほうの体になった木地川が息も切れ切れ尋ねた。一呼吸ついては話すといった具合だったので聞いている朗たちは頭を働かせて彼の言葉を再構成しなければならなかった。要は「朗の家では心地よく生活できるか」ということだったのだが、朗はにべもなくそれは無理だと答えた。“イシス”の禁断症状者のように脚を震わせる木地川の手を引いて続ける。
「だから安全なのさ。ほとんどすべての社会保障システムをオレの家では使っていないんだ。唯一利用しているのはニュース通信と全自動食事生成機くらいだ」
「じゃ、じゃあ、音楽もバーチャルダイブもないってこと」
「木地川、諦めろ。きっと桃太の家じゃ洗濯物だって手洗いだろうぜ。おばあさんは川に洗濯へ、ってな」
「猿野くん、あなたそれ以上桃太くんを侮辱すると、許さないから」
 桃太は周囲で交わされる会話に困惑していた。自分の一言が部屋の壁に反響して返ってくることはあっても、違う言葉になって、他人の声になって響くことを経験したのは初めてだったからだ。その違和感に彼は腿をつまんだ。それは痛く、朗は夢じゃないこの光景を少し涙目になってもう一度見つめた。】

第五十五回

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 彼らは校門を出ると敷地を囲うフェンスに沿うようにして走った。街は校舎を中心にした放射状に道を持ち、その道々の両側には所狭しと数階建ての建物が建ち並んでいる。その用途はほとんどが人々の居住地で、同じ間取りの部屋に様々な人々が暮らしている。
 人々は全自動食事生成機を始めとする社会保障システムの恩恵を受け、生きたいように生きる。ある人は家の中に閉じこもり誰とも交流することなく一生を終えるし、ある人は音楽を街の広場で奏で踊り明かす。またある人は本を読み本を書き人々に配り歩くし、大昔のベストセラーをどこかから引っ張り出してきて「汝敵を愛せ」などと人々に宗教を説く者もいる。
「だからけっこう変わってるよね、桃太くんのご両親。洗濯は手洗いだし、この時代に働いているし」
 洗濯は機械を使っている、と訂正するのも煩わしく、木地川の不満と疑問を聞き流しながら朗はそういえばどうして父と母は毎日あの丸薬を作り、そしてそれはどこに流れているのだろうと不思議に思った。さらに言えばどうしてあれほどシステムを拒否するのかということも、ただ父の信念だからと一言で片付けるのはいささか強引である気もしたのであった。結局彼は両親についてほとんど何も知らなかったのである。
「学校の真裏ってこんな感じだったんだな」
 朗は猿野の一言で我に返った。道の幅がこれまでより明らかに広く、その分建物の戸数は少なくその一棟一棟も高さがない。物寂しさは隠しようがなくそれを強調するのは一棟ごとに設えられた塀である。高さは二メートルもあるだろう。三本の道のうち、左の道入って二番目の一軒家が朗の家だった。わらで覆われた屋根だけが見える。その異様に他の三人は尻込みしつつ、塀に一箇所だけ設置された小さな潜り戸の中へ朗に続いて入った。
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他の方の物語を読むことはとても勉強になると感じる今日このごろです。

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