シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XXIV

前回記事

【「たかが……私が煩わされる……放っておけば……なのは第一検体だけ……忙しいというのに」
 歯の間から漏れる呼気がかろうじて声の体裁をとっており、内容は途切れ途切れにしか聞こえてこなかった。しかし猿野には声の主が誰なのかはすぐに分かった。一目見たいという衝動を抑えて耳に神経を集中させる。
「もう他の検体は……おけばいいのだ。中央は……私は……では終えているところも……」
 声は徐々に離れていき聞こえなくなった。猿野は興奮を抑えられなくなって木地川の肩を揺さぶる。「おい、今の誰だったかわかるか」
 木地川は「さあ」とさも興味がないように首を傾げる。「それよりも桃太くんを探そうよ」
「桃太なんてどうでもいいよ。今のハカセだぜ。鬼怒井校長だ。この国で一番偉い人だ。校内放送で聞いた声と写真しか知らない、それくらいレアな人なんだぜ。すごいとか思わないのかよ」「それよりも桃太くん」
 がらがらと重い音、体育館の鉄扉がもう一度開けられたのに気づいて二人は会話をやめる。保護者たちが出てきたのだ。ぴこたんぴこたん。スリッパがいくつも通り過ぎていく。不思議なくらい静かだった。雑談一つない。
「教室戻ろうよ。もしかしたら桃太くん帰ってきてるかもしれないし」
 猿野は「いやだね」即答した。「今俺が教室行けるわけねえだろ」
――泣くな――
 突然外から怒声が聞こえて二人は固まった。】

第二十四回

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 それが自分たちに向けられたものでないとわかると二人は再びドア越しに耳をそばだてる。女性らしき人物がすすり泣いているのが聞こえた。さっきの大声は男声だった。
――泣くな。これはお前一人の問題じゃないんだ。俺らみんな決まってたことじゃないか。だからこれまで精一杯生きようとしてきた。そうだろ。それなのに泣いたりしたら決意がゆるいじまう――
――わかってる。わかってるわ――
――いいや、わかっちゃいない。そんなんじゃ家に帰ってから子供たちに気づかれる。この秘密は保護者の役割を与えられた俺たちの内で留めておかなきゃならない。……人類のために。だから立て――
 短い悲鳴、かちゃかちゃと装飾品の相ぶつかる音がした。男の鼻息が荒い。
――あんた、奥さんを放してあげなさい。これは感情の問題。怒鳴り声をあげても解決せんよ。それにお互い先は短い。仲良くしたほうがいいとは思わんかね――
「これって」「ああ」二人は聞き覚えのある老いしゃがれた声に頷きあう。
――ふん。おっしゃるとおりだがね、桃太のじいさん。アンタに言う資格はないんじゃないか。アンタんとこのは特別製らしいからな。その見かけからするとアンタ方も俺らとは違うんじゃないか――
――ふふ。そうなんですよ。肌のお手入れもかなり大変でねえ。歳取ると女性は大変よ。ほら、あなたもう大丈夫かしら。そんなに泣くと綺麗なお顔とメイクが台無しよ。ほら――
 服もしわが寄っちゃうわ、老女の声は優しく木琴のような響きだ。女性が鼻をすすりながら
――ありがとうございます、桃太くんのお母さん。もう大丈夫です。私自身のことはどうでもいいのですが、娘のことを考えるとどうしても。でも、母親が悲しんでいる場合ではないですね。元気でいないとあの子が可哀想。桃太くんのお父さんもありがとうございます。夫が失礼しました。さああなた、行きましょう。パパも手伝ってくれないと困るわ。今日は頑張ったあの子にパーティーを開きましょう――
 男は不満げに鼻を鳴らしたがそれきり廊下はスリッパのぴたこんが続いて、しばらくするとそれもなくなって蛇口から落ちる水滴の音が残るだけになった。
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今ふと横を見るとカレンダーがまだ二月。毎日の生活を大切にしないと。

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