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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXII

前回記事

【「すごいね。じゃあ僕はハカセに感謝しなきゃ。僕にその役割を与えてくれてありがとうって」
 母ははっと朗を見て何か言おうとしたけれどすぐに目を逸らし口をつぐんだ。そして再び微笑んで言った。
「そうね。朗が世の中に役立つ人になれるのだもの、ありがたいと思わないとね」
 朗はその言い方にすっきりしないものを感じたが、しわしわでひんやりしている母の手に撫でられてどうでもよくなった。冷たさの内側から温かさが滲み出てくるその手は他のどんな美しい女性の手よりも朗が好むものだった。
「奥様、どうして泣いておられるんですか。悲しいことでもあったのですか」
 それまで黙っていたサリーがそう言ってばたばたと腕を動かし始めた。
「元気の出る歌でも歌いましょう」
 朗は母の顔を見ようと上を向こうとした。けれど今や母の腕の中に抱きしめられてそれはかなわない。レトロミュージック、ジョン・レノンの『イマジン』をサリーが歌うのが朗に聞こえてくる。
「こんなに愛しいのに。この感情も与えられた役割だからなのかしら。朗、私は私の意志であなたを大切な息子だと思っていたいわ。あなたのために私が必要なんじゃないの。私のほうがあなたをどうしても必要としているのよ」
 やっとこさ母の腕の間から顔を抜け出させると圧迫されていた眼球が朗の視界に七色の靄を生じさせた。サリーはまだ歌っている。
「Imagine all the people Living for today...Aha...」】

第四十二回

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「それで、何なんだ。その、オレへの用事っていうのは」
 そう答えてしまって朗はへどもどした。犬村はふっと顔を明るくしたがすぐにしかつめらしい表情を取り戻そうと口をもごもごと動かした。それでも足りず手で顔を覆ったまま
「聞き入れてくれるのね。ありがとう。感謝します。用事っていうのはね、お願いなんだけど」
 朗は犬村のまどろっこしい話し方にも文句をつけず少し困ったように彼女を見つめていた。手をどけた後もなんとなく正視できず犬村は唇を一度舌で湿らせて切り出した。
「私を朗くんの部下にしてほしい。朗くんはきっと特別なことをする人だって思うから。私、その手伝いをしたいの」
「部下だって」
 首を横に振る朗に犬村は畳み掛ける。朗はなにか考えるように目を閉じて額に手を当てる。
「他にも二人あてがいるわ。今から会いに行きましょう」
 犬村は階段を駆け登って朗の腕を取る。彼はこめかみに手を当て眉間にしわを寄せていた。手を引かれるまま犬村についていく。
「大丈夫。頭が痛いの」様子に気づいた犬村が尋ねる。
 朗は混乱していた。何かが始まろうとしている予感があった。そしてそれは自分の意志の外で動こうとしている。枠の中へ徐々に自分がはめ込まれていく。その感覚は甘美で自分がとろけていくようで気持ちが良かった。朗は慌てて自分の頬を強くつねった。
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晴れている。外に洗濯物を干そう。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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