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イジン伝~桃太朗の場合~XXXXXVI

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【 彼らは校門を出ると敷地を囲うフェンスに沿うようにして走った。街は校舎を中心にした放射状に道を持ち、その道々の両側には所狭しと数階建ての建物が建ち並んでいる。その用途はほとんどが人々の居住地で、同じ間取りの部屋に様々な人々が暮らしている。
 人々は全自動食事生成機を始めとする社会保障システムの恩恵を受け、生きたいように生きる。ある人は家の中に閉じこもり誰とも交流することなく一生を終えるし、ある人は音楽を街の広場で奏で踊り明かす。またある人は本を読み本を書き人々に配り歩くし、大昔のベストセラーをどこかから引っ張り出してきて「汝敵を愛せ」などと人々に宗教を説く者もいる。
「だからけっこう変わってるよね、桃太くんのご両親。洗濯は手洗いだし、この時代に働いているし」
 洗濯は機械を使っている、と訂正するのも煩わしく、木地川の不満と疑問を聞き流しながら朗はそういえばどうして父と母は毎日あの丸薬を作り、そしてそれはどこに流れているのだろうと不思議に思った。さらに言えばどうしてあれほどシステムを拒否するのかということも、ただ父の信念だからと一言で片付けるのはいささか強引である気もしたのであった。結局彼は両親についてほとんど何も知らなかったのである。
「学校の真裏ってこんな感じだったんだな」
 朗は猿野の一言で我に返った。道の幅がこれまでより明らかに広く、その分建物の戸数は少なくその一棟一棟も高さがない。物寂しさは隠しようがなくそれを強調するのは一棟ごとに設えられた塀である。高さは二メートルもあるだろう。三本の道のうち、左の道入って二番目の一軒家が朗の家だった。わらで覆われた屋根だけが見える。その異様に他の三人は尻込みしつつ、塀に一箇所だけ設置された小さな潜り戸の中へ朗に続いて入った。】

第五十六回

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 潜り戸からは階段を降りる必要があった。それは螺旋式で下りるほどに大きな円を描く階段になった。“地下”に行くほど大きなスペースを作ることが出来るからだ。一階部分まで下りきると地上に見えていた藁葺き屋根はこの建物のごく一部に過ぎないことが分かった。
「お前んち、すげえんだな。謝るよ。洗濯は手洗いだとか言ってしまってさ。オレの家の一万倍は大きいぜ、こりゃ」
「いや、オレも、僕も驚いてるんだ。いつもはもっと普通で。藁屋根の古臭い家なんだ。中はもうちょっとましなんだけどね。どういうことなのか、父さんに聞いてみるよ」
 朗は玄関前で腰を曲げて待ち構える父を見つけ襟を正した。対する父は口を真一文字にして朗を見据えている。周りにいる仲間たちにはほとんど注意を払っていないようだった。父が不機嫌なことを察して朗が目の前まで近づくと、彼はしわだらけの顔をしかめ息を詰まらせて言った。
「なんてことをしてくれた」
 玄関の扉が開いて母が姿を現した。朗を認めると倒れ込むように近づこうとしたが、それは父に押し止められる。もう一度向けられる視線。朗は怯んで一歩後退った。猿野たちは彼から少し離れたところから動くことが出来なかった。
「自分が何をしたのかお前は分かっているのか」
 感情を抑え込み発せられた言葉は不自然に平面的で、耳に届いたときはなおいっそう強く振動する。朗は声を出すことが出来ずただ頭を振った。再び口を開いた父を揺さぶり母が言う。
「お父さん、いつかはこうなる、分かっていたことではないですか」
「お前は黙っていなさい。……朗、鬼怒井博士が『人にはそれぞれの役割がある』と言っていたことを覚えているだろう。それはな、正しいことだがもう一つの条件を満たさなければ実を結ばんのだ。お前は時期を見誤った。早過ぎたのだ。私たちはまた、お前を失うことになる」
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田植えの時期だそうで。今年は少し、田んぼに目を向けて暮らしてみようと思います。

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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