イジン伝~桃太朗の場合~XXXXXII
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【 朗はもと来た道を駆けに駆けた。鬼怒井がこの国の最高権力者に就いたとき以来、“鬼”は世界の周縁部にひっそりと立ち尽くすのみだった。その“鬼”が今突然に動き出して他でもないここに集まろうとしている。猿野たちの話とどこまで関係があるのかはわからないけれど、鬼怒井が何か大きな変化をこの世界に起こそうとしているのはたしかだと朗は思った。そして冷ややかで美しい彼女の鋭利な眼差しを思い出し寒気を感じていた。
彼とすれ違う生徒たちは何事かと振り返った。目立つことを恐れて一人になるあまり余計に目立つ存在になっている朗が人目もはばからず息せき切って走ることは珍しい。彼は注目を集め、調子のいい連中の一人が駆け去る朗に呼びかけた。
――どうしたんだ桃太。おふくろの大きな桃でも迎えに来たのかい――
彼らの嘲り笑いを気にしている場合ではなかった。朗はいっそう集まった視線を全身に受けながら教室へ向かった。
教室は朗が出てきたときとほとんど変わらず雑然としていた。西向きの窓は薄い白地のカーテンで覆われていて外の様子はわからない。異変に誰も気づいていないのだ。駆け込み肩で息をする朗にみんなの訝しげな、あるいは驚いた眼差しが向けられる。】
第五十二回
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「一体どうしたっていうのよ。そんな怖い顔をして」
突然猿野の隣の女子が声を震わせて桃田に問うた。彼女は思わず自分が立ち上がり声を荒げたことに気づいてすたんと腰を下ろした。唇を噛み握った拳を見つめて真っ赤になった彼女の呼吸は浅く、こらえきれないように脚が貧乏揺すりを続けている。猿野は話していた友人たちから離れ席に戻って彼女と桃太を見比べる。
静かになった教室にぎいいと響いたのは犬村の椅子が引かれたからで、彼女はすっくと立ち上がり、誰に見向きすることもなく教室を出ていった。木地川があたふたと荷物をまとめ彼女に続くと、桃太は
「お前はどうすんだよ」
と猿野に投げかけ彼を真っ直ぐに見て待った。犬猿の仲だと思われている二人が言葉を交わすことに皆驚いた。注目が自分たちに向いていることに嫌気が差して桃太は不機嫌に目を泳がせて舌打ちした。そして彼もまた教室を出ていく。すすり泣きが残る。猿野はちょっと気になっていたその女の子、今朝自分を傷つけた女の子が泣いていることに気を惹かれて青い顔のまま不敵に笑った。あの古典映画のガンマンのように。彼がその後死んだかどうか、猿野は覚えていなかった。
「俺ら、ちょっと長い間学校休むかもだから、先生に、そうだ、鬼怒井校長に伝えといて。そんで帰ってきたらめちゃくちゃ面白い話するから聞いてくれよ。今度はオレしか知らないオリジナルの話するからさ」
猿野が手の平に親指の爪を立てて裏腹にへらへらと教室を出た直後、隣の教室から悲鳴が聞こえた。
「鬼が、ここに向かっているぞ」
連鎖するように自分の教室も騒がしくなり、あの女子が金切り声を上げた。
「私気づいてたわ。嫌な予感がして、怖くて震えが止まらなかった。あいつらのせい、きっとそうよ、猿野くんたちが悪いんだわ」
猿野は肩をすくめて
「それでも惚れたもんは仕方ない」
と呟いた。教室に戻る理由もなくなった。彼は階段を下り、昇降口で待つ桃太たちに腕を振る。なんとなく、やっと自分が物語の中心人物になったような気持ちがして猿野はぱちんと両頬を叩いた。
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今週末は夏日だとか。体調にはお互い気をつけましょうね。
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