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イジン伝~桃太朗の場合~XXXIII

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【「でも私、桃太くんが無事で本当に安心したわ。もしかしたら」
 犬村は感極まったようにそこで言葉をつまらせ朗の方を向いた。問い詰めるような険しい視線だが、胸の前で交差させた腕は小刻みに震えている。朗は目だけ彼女に向け皮肉っぽく口の端だけで笑った後、彼女を置いて歩を進めた。
「人を散々つけ回して安心もないだろう。オレはあんたから身を守るためにハッタリを仕掛けたんだ。まさかああも見事に騙されるとは思ってなかったけどな」
「それくらい心配してたってこと」
「誰かもおんなじこと言ってたよ」
「それって誰のこと」
「誰でもいいだろ」
 朗はスピードを速める。犬村が煩わしくて仕方がない。そしてあの女。肩に残った感触を思い出してパンパンとはたく。ごく細かい埃がヌルい空気に漂ってキラキラ光る。
「どうしてオレにつきまとうんだ。同情か。友達いない同士仲良くしようとかそういうことなのか」
 窓からは帰っていく父兄の集団が見えた。校庭を歩く彼らは塊を作るでもなく一様にバラけるのでもない、血管を巡る血球細胞のように近づいたり離れたりを秩序なく繰り返し流れていく。あの中には朗の両親もいるのだろう。
「人には変えられないことがいくつかある。そのうちの一つは自分の親が誰であるかということだ。子供に暴力を振るう親でも老人と言えるほど年をとっている親でもその人たちが自分の親であることは生まれた時から決定している。子供に選ぶ権利はない」
 親と聞いたときの犬村の表情はなんとも言えないものだった。ただそれまでの媚びる様子は明らかに引っ込んでしまった。彼女は朗の腕に自分の腕を絡め窓の前に体を滑り込ませた。
「じゃあ私になんて言わせたいの」
 冷たくて官能的な声色に朗は彼女を凝視する。光を背負ってその表情は影になって見えない。】

第三十三回

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「仮に私があなたに近づいた理由が同情だとして、私がそれを認めると思うの。それに同情の何が問題なのかしら。共感と言葉を変えれば納得するの。どう表現したかの問題で行為そのものには違いなんてないのではなくて。こうして私があなたに腕を絡ませるのも好意からなのかそれとも情欲からなのか、私の本意を無視してあなたはただ自分の解釈でそこに名前をつけて表現するだけ。今あなたはこれが私の性的欲求であることを必死で否定して好意かもしくは演技であると信じ込もうとしている。その方が自分に都合がいいからよ。親のことだってそう、あなたはそれをみんなから避けられる理由だと思っているんでしょう。自分を特別だと思う根拠にしているんでしょう。それって真実なのかしら。それはあなたが勝手につけた呼び名でないと言い切れるの」
 朗は腕をほどいて汚いものに触れたかのようにばさばさと振った。
「急に何言ってるんだ。お前はなぜオレに関心を持っているか聞いただけだ。表現がどうのこうのと意味がわからない」
 言いながら朗は自分の呼吸が浅くなっていることに気づく。踵を返し教室棟へ向かう。一階へ降りる階段はすぐそこだ。早くこいつを振り切らないと。
「待って。朗くんを傷つけたかったわけじゃないの。私はあなたに、その、笑ってほしいだけなの」
 犬村の声はいつもの堅さを取り戻していた。さっきの艶めかしさを失って今はただの少し大人びた女子中学生になっていた。朗は意に介さず彼女から離れる。傷つけたかったわけじゃないだって。まるでオレが傷ついたみたいじゃないか。
「お願い。待って。あなたは私のことをどうとも思っていないかもしれないけれど、私はどうしてもあなたが必要なの」
 階段を下る朗を追い抜いて彼女は踊り場で手を広げる。ヌルい空気と細かな埃はそこにも漂流していて、薄い七色にぼけた視界が幼かった頃の母との記憶につながった。
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自分の思うきれいなものが書きたいと思いました。なんかこう無垢の木をノミで削っていくようなことがしたい。近日中に投稿できると良いのですが……

※こちらのマガジンにシリーズの過去記事をまとめています。七記事ずつをまとめて一つにしたものもありますので一記事ずつ読むのが面倒という場合はそちらをご利用下さい。

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