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きみは短歌だった

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#小説

【明日①】 あしか見に行こうね、あしかは今日だって生活していたけれど、週末/柴田葵

あなたと私は家族になったけれど、それは法的なもので、しかも日本の法律ではない。私は日本で生まれたけれど、死ぬのは日本ではないんでしょうね。正直に言うと私はそれを少し寂しいと思っていて、でもなんで寂しいのか全くわからない。生まれてから四半世紀くらいを日本で生きてきたから? じゃあ四半世紀以上、この国で生きれば寂しくなくなる? この質問は恐らくあなたを傷つけているんだけれど、あなたは笑って「一緒に試してみよう」と言う。日本語で言う。死ぬまで一緒に楽しく生活しよう、そして、答えを見

あなたのことを理解できない世界で、短歌はにこにこしている

こんにちは、柴田といいます。このテキストを書いている時点で私は35歳です。不躾ですが、あなたは何歳でしょうか。 年上かもしれないし年下かもしれません。同い年だとちょっとうれしい気がします。同い年のスポーツ選手や芸能人は、それだけで少し応援したくなります。でも、同い年だからって分かりあえるわけではありません。 人はみんな違うし、理解することはできない。 歳を重ねるごとに、その思いが強くなります。 「できない」は一種の諦念です。少しでも理解できたらいいのに、たぶん少しも理

【選び取る②】 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日/俵万智

笹の葉さらさらさらさらさらさら気の狂うまでリフレインさせているスーパーで、つかの間の正気のように「7月6日はサラダ記念日!」というポップが出ていた。七月になったのだ。 その手書きポップはカット野菜コーナーの前にあった。普段は離れた場所にあるドレッシングもいくらか移動してきている。まるで織姫と彦星のように、この時ばかりは近くにいられるわけだ、と思うけれど思考がさらさらさらさらに戻ってしまうからやめる。 でも、この「サラダ記念日」の短歌をどのぐらいの人が知っているだろう。多く

【選び取る①】 産むことと死ぬこと生きることぜんぶ眩しい回転寿司かもしれず

あ、 れ、 そうだ、 わたしはもう妊婦なんだった と、回転寿司屋のカウンター席に座ってから気がついた。 生魚、食べてもいいんだっけ。 制御された皿がうつくしく目の前を通り過ぎてゆく。皿は全て正円だった。結局、穴子と卵と炙りサーモンの皿を取る。炙ってあればセーフかもしれない。とりあえず、わたしはそういう判断をした。あとで確認をする。 産婦人科で行われた超音波検査を見るに、わたしの体内で確かに何かが明滅していて、それはわたしのものではない心臓の動きだということだった

【番外】 あなたのことを理解できない世界で、短歌はにこにこしている

こんにちは、柴田といいます。このテキストを書いている時点で私は35歳です。不躾ですが、あなたは何歳でしょうか。 歳上かもしれないし歳下かもしれません。同い歳だとちょっとうれしい気がします。同年齢のスポーツ選手や芸能人は、それだけで親近感がわくものです。でも、だからってわかりあえるわけではありません。 私たちはみんな違うし、理解することはできない。 歳を重ねるごとに、その思いが強くなります。 「できない」は一種の諦念です。少しでも理解できたらいいのに、たぶん少しも理解でき

【課金する②】 メロンパンのメロン部分を永遠に手放しながらふたりで暮らす

かつて、課金しないと服すら与えられず、はだかのまま冒険に繰り出すオンラインゲームがあったそうだけれど、とても人生だなと思う。 最近のゲームは初期設定から服を着ているようだ。なんなら、多少の選択肢もあるらしい。そういえば、オンラインゲーム・ガチ勢を自称する兄は「最近は無課金ユーザーに甘過ぎ」と溜息をついていた。兄は元気だろうか。 昔から私にはゲームの才能が無くて、なにをやってもうまくいかなかったから、上手な人がゲームをするのを見ているのが好きだった。特に、歳の離れた兄が操作

【課金する①】 ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。/穂村弘

「あらゆる言葉が無料なのが間違っている」と、同居人は一時間泣いたあとで言った。 もう辞めてしまえばいいと僕は思うのだけれど、同居人は職場で散々なことを言われているらしかった。そしてどうしようもないことに、職場の皆さんは総じて悪意がなく、これまで彼らが従ってきた「常識」に照らして、いつもの言葉を「普通」に使っているだけだった。彼らの「常識」や「普通」は、同居人を傷つけた。この世界には、その場にいない誰かを笑いながら罵倒することで親密さを共有したり、弱者は消費されてこそ価値が付

【入りこむ②】 夏みかんの中に小さき祖母が居て涼しいからここへおいでと言へり/小島ゆかり

蝶々が超苦手だ。 わたしは結婚するまでずっと、両親と、兄と、それから祖父母と一緒に暮らしていた。祖父は家庭菜園に凝っていて、祖母は草木の好きな人だった。苺も採れたし、葱や紫蘇も植わっていた。梅の木と柿の木と夏みかんの木があった。正直、節操がない。とにかく一年を通じて家を囲むように何かしら生えていた。だから良い虫も悪い虫もわんさかいて、春になればモンシロ、夏が近づけばアゲハが飛んだ。 幼いわたしは、当然、虫を捕まえるようになる。ある日、わたしはアゲハを捕まえた。大きくて美し

【入りこむ①】 惣菜パン惣菜パンひとつ飛ばして窓、そこらじゅう夕日が殴る/柴田葵

「パンが並ぶパン屋の窓はパンがある限り開くことはない」ということに気がついたのは、大人になってからだ。 実存するパン屋は客商売なので、ある程度人通りのある場所でないと成立しない。そして、人通りのある場所は大抵埃っぽい。剥き出しのパンが棚にある以上、窓があっても開けることはできないのだ。 アパートのはす向かいにある小さなパン屋は、男性が一人で切り盛りしていた。商店街の一角、学生たちが通る道沿いにあるので、ある程度は売れているらしい。土曜の朝、卵サラダロールを買ってパン屋を出

【35歳②】 だんだんと母に似てきて母になりやがて私はだれだろう 雪/柴田葵

こんにちは、柴田葵です。2月ってバグが起きたみたいに短いですね。 先日、子供が「おかあさんは何さいなの」と尋ねるので、正直に「35歳」と言いました。それ以降たびたび、ブルゾンちえみの口調で「35歳」と振り向いてきます。 私が15歳のころ、25歳と35歳はあんまり変わらないような気がしていました。ある程度成熟していて、かといって年でもなくて、内面的にも外見的にも社会的にも、なんていうか同じような範疇かなって。 15歳の私の視界はドット絵だったんでしょうか。 25歳と35

【村から町へ②】 感情のすがたを町にするときにどうしてここにある精米所/浅野大輝

「モー娘。」のよっすぃーが好きだった。かなり好きだった。 本気でオタクをやっていた友人からすると激甘のニワカだったけれど、僕にとっては確かな炎だった。学生である僕の日々はとても地味で、マッチ売りの少女のように凍え死ぬほどの過酷さも無く、なにも無さすぎて漠然と寒かった。「モー娘。」はプロの仕事をするチャッカマンだ。悪い意味では決してない、真逆だ。はちゃめちゃに輝いているのに、いつも僕らの生活の側にいる。とびきりポップな色をして、必ず火を灯してくれるチャッカマンだ。漠然と寒い夜

【村から町へ①】 「しあわせね、きみはしあわせ。そうでしょう」と殴るような世間様だわ/柴田葵

お正月がとても嫌いだったし、大人になった今も身震いがするほど嫌いだ。 時代も土地柄もあるのだろう、来る年も来る年も、母は来客のために神経を尖らせていた。普段滅多に叱られない私も、年末年始にはひどく叱られた。兄たちは座布団を並べる程度の手伝いしか命じられなかったのに、女に生まれたらしい私は場が整うまで座ることすら許されなかった。 ふざけるな、と言える相手が欲しかった。いなかった。 子供の私が住んでいた村は統合されてとっくに町だ。上の世代はみんな死んだから、両親はのんびりと

【ない昼・ある夜②】 携帯じゃなくてほらチョコレート握ればいいよ、溶かして泣こう?/柴田葵

明日は土曜日だ。職場は銀行の類なので、もう四年、きっちり暦に従った勤務をしている。お盆は法令で定められた祝日ではないので出勤するけれど、明日は土曜日なので休みだ。今晩はいくら起きていても構わない。 本当は、どの曜日だって起きていていいはずだ。私は既に大人だし、一人で暮らしているのだから、誰にも文句は言われない。夜更かしに罰則はないし、生きて、職場へ行って、仕事がしっかりできるのならば、眠らなくてもいいはずだった。私には眠らない自由がある。けれど、私の体には眠らない自由がない

【ない昼・ある夜①】 薄っぺらいビルの中にも人がいる いるんだわ しっかりしなければ/雪舟えま

幼い頃から「しっかりした子だ」と言われてきた。「大人しい」とも「やんちゃだ」とも言われなかった。「天才だ」とも「馬鹿だ」とも言われなかった。言い方を変えれば、どことなくしっかりしている以外の特徴がなかったんだと思う。私はそういう子供だった。そして、そういう大人になった。 この街のビルはどれも同じように見えるけれど、あなたが入ることを許されているビルは意外と少ない。昼休み、少し遅れてコンビニへ行き、てりやきチキン卵サンドとブラックサンダーを買い、ベンチで食べ、特にやることもな