【村から町へ②】 感情のすがたを町にするときにどうしてここにある精米所/浅野大輝
「モー娘。」のよっすぃーが好きだった。かなり好きだった。
本気でオタクをやっていた友人からすると激甘のニワカだったけれど、僕にとっては確かな炎だった。学生である僕の日々はとても地味で、マッチ売りの少女のように凍え死ぬほどの過酷さも無く、なにも無さすぎて漠然と寒かった。「モー娘。」はプロの仕事をするチャッカマンだ。悪い意味では決してない、真逆だ。はちゃめちゃに輝いているのに、いつも僕らの生活の側にいる。とびきりポップな色をして、必ず火を灯してくれるチャッカマンだ。漠然と寒い夜、僕はそっとチャッカマンを手に取る。なんて炎は明るいんだろう、なんて温かいんだろう。僕は炎そのものになりたかったのかもしれない。ボーイッシュなよっすぃーは超可愛くて、けれども僕に最も近かった。MDの6割は「モー娘。」だった。なんなんだよ、MDって。
今でも覚えている。社会人2年目、炊飯器と電子レンジしかない千葉の独身寮で、テレビをつけたらつんくさんが出ていた。当時つんくさんは米にこだわった料理屋をプロデュースしていて、番組でも米について語っていた。
「精米されている米は、生の状態で皮を剥かれているんですよ。皮を剥いた林檎って茶色くなるでしょ。でも茶色いところをまた剥いてやれば美味しく食べられる。米も同じで、炊く前に家庭用精米機で軽く精米してやるとめちゃうまいんです。ちょっとやってみましょか。精米機、持ってきたんで」
僕はとたんに精米機が欲しくなった。炊飯器と電子レンジしかない部屋で。
あれから10年以上経って、久々にテレビで見たつんくさんは、病で声を失っていた。なにしてんだよ神様。よりによって、そんなことってあるか。こっちはシャ乱Qだって聞いていたんだぞ。
漠然と寒い村だった僕の心は、良くも悪くも町になっていた。町はもう、ひたすらまっすぐ歩くようなことはできない。そこでは今も、つんくさんが精米を披露している。母は僕の忘れ物を心配し、父は誕生日にミニ四駆をくれる。
現実の世界で僕は今、僕だけのものではない真新しい家に住んでいる。台所には三口のIHコンロがあり、圧力鍋もあるけれど、精米機はない。自分の子供とNHKを見ていたら着ぐるみが歌っていて、作曲がつんくさんだった。めっちゃいい曲だった。強くて優しくて明るい、炎のような曲だ。
なぜ僕はこんなに精米のことを思い出すんだろう。わからない。わからないけれど、うつくしい白い米や、炎や、うれしさや、理不尽を抱えて町をつくる。すべてを抱えて、落として、拾って、失くして、残して、そうして僕は、死ぬまで生きるのだ。
◇短歌◇
感情のすがたを町にするときにどうしてここにある精米所
/浅野大輝「銀の鳥」詩歌梁山泊〜三詩型交流企画
http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2017-09-02-18723.html
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