note短歌

【ない昼・ある夜②】 携帯じゃなくてほらチョコレート握ればいいよ、溶かして泣こう?/柴田葵

明日は土曜日だ。職場は銀行の類なので、もう四年、きっちり暦に従った勤務をしている。お盆は法令で定められた祝日ではないので出勤するけれど、明日は土曜日なので休みだ。今晩はいくら起きていても構わない。

本当は、どの曜日だって起きていていいはずだ。私は既に大人だし、一人で暮らしているのだから、誰にも文句は言われない。夜更かしに罰則はないし、生きて、職場へ行って、仕事がしっかりできるのならば、眠らなくてもいいはずだった。私には眠らない自由がある。けれど、私の体には眠らない自由がない。残念ながら、私と私の体を切り離すことは難しかった。境界があいまいなのだ。それは誰の責任でもないから、たぶん、私自身の責任だ。

 地味にひま!ゆえにゆるゆる質問を募集しちゃおうだれかいるかな

Twitterを見れば、今晩も匿名の女性がアイドルみたいだ。夜になるたびに輝き、放っとけば消えてゆく流れ星だ。おそらく女性だろうと思わせ、あるていど可愛いだろうと思わせ、文字情報で構成されるアイドルが誕生する。そういうアイドルは、たくさんいる。

 携帯じゃなくてほらチョコレート握ればいいよ、溶かして泣こう?

私はそのひとりなんだけれど、まるで、リカちゃんでお姫様ごっこをしていたときの気分だ。リカちゃんを掲げて「さあみんな、舞踏会へゆきましょう!」と言いながら延々と遊んでいた、あの気持ち。リカちゃんは私だったし、私はリカちゃんだった。リカちゃんの体と私の体の境界は曖昧だ。リカちゃんは偶像で、偶像はアイドルで、アイドルは私だった。

けれどいつのまにか、私は私からリカちゃんを切り離した。リカちゃんを切り離し、さまざまなものを切り離し、ついには、私の体を切り離すことについて考えている。私はもうリカちゃんの声をだせない。でもその代わり、インターネットを使える大人になった。携帯からアクセスして、文字を書くことができる。文字は音声とは違うけれど、読む人のなかでは再生されるだろう。たぶん、リカちゃんみたいな可愛い声で。

 地下二階倉庫アイドル 風だって吹かない雨も降らない しずか

私は私のなかのみんなを、これ以上失いたくないな。私のなかのリカちゃんも、アイドルも、母親に妙に似たおばさんも、傷ついている青年も。

「さあみんな、舞踏会へゆきましょう!」

「踊って、そして、おいしいごはんを食べましょう!」

ふたたび声にだせる日がくるまで、きっと、書きつづける。


◇短歌◇

/柴田葵「わたしはアイドル」から改定・抜粋

#短歌 #俳句 #小説 #きみは短歌だった



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