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一人でも多くの被災したこどもたちに、本当の自分でいられる環境を届けたい

私たち第3職員室は、金沢市を拠点に中高生をはじめとするユースに向けて、ユースセンターを運営しています。そうしたなか迎えた2024年。元日の午後に能登半島を大地震が襲いました。私たちは、発災直後から今日まで、被災したこどもたちの居場所づくりのために奔走してきました。

今回は、そんな私たちが取り組む「未来のためにできること」をお話させてください。

2次避難者の受け入れ先となったホテルで開設した居場所(現在は終了)

発災以降、能登から金沢へ多くの方が避難してきました。金沢から能登半島までは、東京から伊豆半島までとほぼ同じ距離です。慣れない環境で不安を抱えるこどもたちが金沢にいると知った私たちは、被災したこどもたちのための居場所を開設しました。

今回の震災で顕著だったのは、広域避難によるこどもたちの「隠れ孤立」です。過去の震災でも指摘されてきましたが、避難者が各々遠方へ避難するため、誰がどこにいるか把握しづらく、支援が届きにくい状況になったのです。

中高生を中心とした10代向けの居場所は現在も開館中

こどもたちのなかには、平日は能登の学校に通い、週末は家族の事情で金沢にいて友達がいない、金沢の学校に転入したものの馴染めない、父親が仕事の都合で別々に暮らさざるを得ないなど、生活環境が大きく変わった子も見られました。

問題がないようでも孤立のリスクがある。こどもたち本人も「他の人はもっと大変だから」と自覚しないまま、実はストレスを抱えていることも珍しくないのです。

8月には能登にゆかりのある中高生が企画したキャンプを実施

私たちが未来のためにできること。それは「居場所」「機会」「つながり」の支援です。震災で従来のつながりが失われるなか、避難先でも新たにつながりをつくることが大切です。

震災以降、友達とオンラインでは話せても対面で会えない子も多くいます。そこで、他団体と連携し、交流会や食事、スポーツなどのイベントを企画。実際に友達と会える機会を通じて、こどもたちは本当に嬉しそうでした。

ここで関わったこどもたちが大人になったとき、何人かは能登の未来をつくっていくことでしょう。 また何人かは、震災時のこどもたちの居場所づくりを担うかもしれません。そうしたときに、こどもたちがのびのび過ごせる未来を描いてほしい。そのために私たちは、いま目の前にいるこどもたち一人ひとりと真剣に向き合っていきたいと思います。

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