マーケティングの生物学的起源とミメティック・デザイア〜模倣される欲望〜 #marke|進化心理マガジン「HUMATRIX」
# マーケティングの生物学
マーケティングとは、「ヒエラルキーの高い個体(上流階級)と同じものを食べたい、同じものが欲しい」というラットやサルでも持つことが確かめられている本能を、人工的にハックする情報宣伝技術だ。
電通や博報堂に代表されるニッポンの広告業界の人達がやっているのは、日本に生息するサピエンスたちの生物学的本能を刺激し、購買行動へとうながすための情報やイメージを我々の脳に植え付けることなのだ。
もちろん、サピエンスたる大衆は、自分が広告に操られてしまう生物学的ロジックを理解していないし、操る方のサピエンス(広告業界の人)も、なぜそうすれば操れるのかの生物学的ロジックをはっきりとは理解していない。
マーケティング手法というのは、「こうすればなんとなく上手くいく」(=モノが売れる)という〈経験〉、言い換えれば〈統計〉の積み重ねによって磨かれてきたものだし、文化選択の賜物だからだ。
なぜ上手くいくのかはわからないが、こうすれば上手くいくことは知っている。なぜ芸能人を広告に起用すればモノが売れるのかはわからないが、芸能人を広告に起用すればモノが売れることは知っている。
それは哲学者D.デネットがいうところの理解力なき有能性(=“competence without comprehension”)なのだ。
>参考: 理解力なき有能性とは?
このマガジンは、理解力なき有能性に理解をもたらすことをテーマとしている。「芸能人を広告に起用すればモノが売れることは知っているが、なぜ芸能人を広告に起用すればモノが売れるのかはわからない」という理解が欠けた状態を脱するために、生物学的な理屈(ロジック)を学ぼうというコンセプトでやっている。
ルークバージスの言葉を借りれば、「暗闇の中で見通しが効く人は、事を有利に運べる。」
理解している者は、他の人間が右往左往する中、暗闇のなかで進むべき方向がわかる人になれるのだ。
* *
# なぜ芸能人を広告に起用するのですか?
とはいえ、広告業界の中の人は、広告というものがワークするロジックについては何でも知っている、オレが一番詳しい、と自負しているかもしれない。
広告業界の人に「なぜ芸能人を広告に起用するのですか?」「その辺を歩いているおっさんじゃダメなんですか?」と聞けば、「芸能人の方が認知度が高くて、目に留まりやすいからね」と答えてくれるかもしれない。
なるほど。認知度。目に留まりやすい。芸能人を広告に起用するとモノが売れることの完璧な理解じゃないか!と思うかもしれない。
────しかしこの説明には生物学的な理屈が欠けている。
ヒトは生物であり、生物の行動には生物学的な理屈があって然るべきだと仮定するのが、第一の前提になっていて然るべきだろう。
(然る然るうるせえな。然る=自然。ヒトという動物は自然から逸脱した存在ではないということか?)
>参考: 「至近要因」と「究極要因」:進化心理学のメスで人間社会を解剖する方法
「芸能人の方が目に留まりやすいから」という説明は正しい。しかしこの「目に留まりやすい」現象が、生物学的な現象なのだと気づいているマーケターは少ない。
デューク大の神経生物学者R.ディーナーらは、われわれサピエンスが新聞や雑誌を読むのにカネを出すのと同じように、サルは "社会的に有用な情報"を得るためにカネ───いや正確には、金銭の代わりとして「果汁ジュース」という栄養資源が通貨として使えるようサル達は訓練された───を支払う、という発見をした。*R.Deaner (2005)
ここでいう "社会的に有用な情報"とは、群れの中でパワフルな個体やセクシーな個体の写真のことだった。地位の高いオス、エロいメス、などなどだ。
もちろん21世紀のサピエンス社会で芸能人のゴシップ情報を仕入れることは「社会的に有用」とは言い難いかもしれないが、しかしサルたちにとってそれは、リアルに自分の群れに所属している個体に関する情報、日々の社会ゲーム(=誰と仲良くするか、誰を狙うか、誰に媚を売るか、誰を倒すかのゲーム)を上手くこなすのに "有用な" 情報なのだ。
>参考 R. Deaner et al (2005). "Monkeys pay per view: adaptive valuation of social images by rhesus macaques."
この研究において、R.ディーナーらはまず、サルにコンピュータ画面をみつめさせ、光が点滅したら目を右か左に向けるように訓練した。左だとぶどうジュース、右だとオレンジジュースが一口飲める。
これを繰り返して、サルが明らかに右ばかり見始めたら、このサルはオレンジジュースの方が好きだとわかる。
次に、ジュースの種類は同じにして、量を変更した。右だとオレンジジュース一杯、左だとオレンジジュース半分という具合に。そしてジュースが少ない方には、さまざまな写真(が見られるというメリット) を組み合わせた。
すると、とくに "社会的情報" はサルたちにとって価値が高いことが突き止められた。────そう、群れの中でパワフルな個体やセクシーな個体の写真だ。
霊長類のソーシャルライフは〝社会的情報の収集〟にその成功がかかっているから、進化がその情報収集行為に対して報酬(=見たい!という欲求、見たことによる楽しみなどの快感)を用意したのは当然のことだ。
>参考: 霊長類のソーシャルライフ〜毛づくろいを中心にまわる社会生活 #Groom ⑴
「地位の高いサルの顔」を見るためなら、サルたちは、ジュースを代償(=カネ)として少しばかり支払ってもいいと考えるようだ。群れでドミナンス地位の高いサルとはいわば "サル世界のセレブ" だ。
────そして面白いことに、サルたちは、「地位の低いサルの顔」を見るのには、絶対にカネ(ジュース)を払いたがらなかった。
サルたちは、社会的階層が自分より上の個体の顔が見られるのならすすんでジュースを犠牲にしたが、自分より下位の個体の顔を見るために犠牲を払うことはなかった。
集団の上位のメンバーの顔を見るのには価値があるが、集団の底辺メンバーの顔には価値がない。
成功者や人気者や芸能人や権力者の顔や情報が載った雑誌は売れるが、その辺の一般ピープルの顔や情報ばかりが載った雑誌は売れない。だからこそ、あらゆる雑誌は表紙に芸能人を起用し、社長のインタビューを掲載する。
Re: "「芸能人の方が認知度が高くて、目に留まりやすいからね」"。
────そう。この「目に留まりやすい」現象は、紛れなく〝生物学的な現象〟だったのだ。
しかし、これではまだ生物学的なロジックを説明したとはいえない。集団の上位メンバーに注目するという生物学的現象は〝なぜ〟起きるのか?
そのカギは、〈模倣〉だ。
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