霊長類のソーシャルライフ〜毛づくろいを中心にまわる社会生活 #Groom ⑴|エボサイマガジン
" 真心のこもった、裸のままの親切には、 人は決して抵抗できないものだ。 "
────マルクス・アウレリウス・アントニヌス(第16代ローマ皇帝)
われわれ人間(ホモ·サピエンス)は霊長類の一種だ。
進化心理学とはそもそも、われわれサピエンスの社会生活を生物学的観点から分析してみようという分野だ。そのためには、ヒトに限らず霊長類全般がどのような社会生活を日々営んでいるのかを知っておくことが有用となる。
今回は、われわれ人類が営んでいる「群れ生活」そして「ソーシャルグルーミング」の起源に焦点を当てていこう。
さて、自然選択のアルゴリズムによって生物個体が寄り集まって「群れ」が成立する背景には、たいてい捕食圧(=捕食者に食べられるという淘汰圧)がある。
われわれ霊長類が「群れ生活」を進化的に採用したのも、捕食者に対する防衛手段だったと考えられている。*
*van Schaik 1983/R.Dunbar 1988
群れの進化論理については「#Herd」シリーズで話したが、カンタンにおさらいしておこう。
動物個体は、〝自身の安全のため〟に群れを求めるよう進化している。
────海や草原や森林において、被食者の立場にある動物が一匹だけで孤立しているのは危険だ。複数の個体の中に身を隠していれば安心だ。
鬼ごっこやドッジボールで勝ち残るための戦略を想像するとわかりやすい。一人ではぐれているよりは、みんなが密集しているところにいた方が安全だ。なぜならば、自分よりノロマな他の人間が代わりに犠牲になってくれるからだ。
チーターは、シマウマを一匹捕まえれば、とりあえずその日の晩飯としては十分なので、ひとまず満足して捕食行動をやめる。
シマウマからすれば、群れの中で一番足の遅いやつにならなければ、マジョリティは生き延びられるというわけだ。
そういうわけで動物は群れを作り密集する。個体淘汰によって群れに加わる行動形質が進化したのだ。
(注意: これは群淘汰ではない。群れからはぐれた個体の死によって、群れに加わることを好んだ個体ばっかりが生き延びてきたということだ。まぎれもなく個体淘汰/ individual selectionのプロセスである)
────それが、群れの中で過ごすことのメリットだ。
(その他諸々の付随的なメリットについても#Herd (2) の記事の中で解説している。)
しかし、群れ生活には動物にとって負荷がかかる側面がある。「ストレス」だ。動物たちは一般的に他の個体が近くにいることによってストレス反応を生じさせるのだ。
ただし進化医学によれば、このストレスというものも、たんなるエラーやバグではない。そこには自然選択によってデザインされた「機能」が備わっている。
ストレスはもともと、危機の兆候によって引き起こされるディフェンシブアクションとして進化した生理学的システムで、その起源は6億年前の単純な生命体にまで遡る。
動物はストレス反応を生じさせることによって、交感神経系を活性化させ、血圧や心拍数、呼吸等を増やして、これから起こりうる脅威に備えることができる。
────とはいえ、ストレスが引き起こすピリピリしたムードは群れ生活の障害となる。
またストレスのかかった状態はカロリー消費が大きいので、出来るだけエネルギーを節約したいそれぞれの個体にとっても損失になる。
だから、きちんと自分の安全が確保されている場面では、パーソナルスペースを侵すような近さで他の個体が自分のそばにいたとしても、できるだけストレスを鎮めるようにした方がいい。
しかし厄介なことに「ストレス自体を生じなくする進化」というのは難しい。
前述したようにストレスの進化的起源はきわめて古く、ストレスシステムは動物の心理-身体設計の"基礎構造"にすっかり組み込まれてしまっているため、おいそれと"改築"できない。ガレオン船が古びた竜骨を引き抜いて新しいものに取り替えられないのと同じだ。
また、「よく知らない他の個体が自分のそばにいる」というのは自然界では本質的に危険なことなので、進化的デザインは自然淘汰から生まれることを考えると安全なマージン設計はやむを得ない。
高所恐怖症や閉所恐怖症を持つ動物は多いが、それは転落の危険がある場所や、捕食者から追い詰められる危険がある場所にストレスを感じなかった個体が淘汰された結果だ。デフォルトではそれら(高所や閉所、他の個体の近接)に対して危険を感じるようにしておき、あとから個体自身の経験による「慣れ」や学習、発達によって緩和していくという設計方針にすることを、自然選択は好んだ。
────そこで、ストレスという問題に対して霊長類がとった進化的解決策が「グルーミング(毛づくろい)」だった。
グルーミングは、ストレスを緩和することができる。
われわれサピエンスも霊長類のはしくれとして、他人に愛撫されるあの感覚を思い浮かべることはできるだろう。
いまだ関係が深まっていないうちは、他人に直接肌に触れられることに意も知れぬスリルを感じる。
だがやがて、"相手から自分は傷つけられていない" という今まさに体感している経験的事実が、そこに「信頼」を生み出す。
気持ちよく、くつろげるようになり、相手に身も心も任せられるようになっていく────。
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