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「至近要因」と「究極要因」:進化心理学のメスで人間社会を解剖する方法 〜 サピエンスの「自己家畜化/Self-Domestication」とは?/われわれに最も身近なアニマルを生物学の俎上に乗せる───心のわけを解き明かす「進化心理学/EvoPsy」とは何か:これからの時代を切り拓く50の思考道具 tool.4-3

排卵期の女性になぜセクシーなドレスを買うことにしたのかと尋ねれば、「大胆なのもいいかなと思って」とか、「きょうはパーティー気分だから」など、至近の説明をしてくれるかもしれない。”
“ こうした説明は、表層で起きていることを理解するのに役立つが、そもそも、排卵によってなぜ女性が大胆な気分になるかについては、何も語っていない。────より深い究極レベルでは、排卵が女性の振る舞いを変化させる理由は、そのときの気分などという域をはるかに超えている。”

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“ 排卵によって女性がふだんより魅惑的な行動や服装をするようになる至近の理由〔Proximate Cause〕は、この時期にはいつもより大胆な気分になるからかもしれない。────しかし、究極の理由〔Ultimate Cause〕は、排卵にうながされた女性が、〔おもにプレイボーイの〕異性の目に、より魅力的に映るように設計された振る舞い〔=セクシーな振る舞い〕をとるからだ。つまり、もっとも妊娠しやすい特別な時期に女性がいつになく大胆であだっぽい気分になるのは、そうした感情が、おそらく祖先の繁殖にもっとも役立つ行動を引き起こしてきたためだと推測できる。”
“ 排卵期の女性がセクシーなドレスを買うわけを知りたいにしろ、空腹の人がブラウニーを食べるわけを知りたいにしろ、その行動をとった至近の理由だけでなく、究極の理由を理解しておくのは役に立つ。”
(D.Kenrick & V.Griskevicius 2013)


・前回からの続き(読まれてない方はまずはこちらから):


# “サル目ヒト科動物”としての皆さん: われわれに最も身近なアニマルを生物学の俎上に乗せる


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────生物学だって?!


ここまでの話を聞いても、もしかしたらまだ、そう思う人がいるかもしれない。

俺にはまるで理解できないのだが、旧来の古い常識に囚われている人は、「心理学にいったいなんで生物学のフレームワーク(枠組み)が必要なのか?」と本気で疑問に感じるらしいのだ。

────そういう人はマジで今日から認識を改めよう。俺たちホモ・サピエンスは、チンパンジーやゴリラとおなじく、「サル目ヒト科」動物の一種だ

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チンパンジーやゴリラの研究に用いられている生物学のフレームワークを、サピエンスを対象とする研究にも用いるというのは、生物学的にいってごく自然なことだ。

────しかし、それに反して、世の中のサピエンスを対象とする研究の多く(特に社会科学系学問の研究の大半)はサピエンスという種の動物が下す意思決定や、起こす行動について、生物学のフレームワークをまったく採用しない

なぜなら、彼等の伝統的な理論のフレームは、ダーウィン以前に構築されたものだからだ。

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驚きかもしれないが、ダーウィン以前の世界では、人間はアニマルではなかった。


ダーウィン進化論は19世紀の終わりから20世紀の初めに普及したもので、それ以前の世界では(そして伝統を引きずって現在でも)、サピエンスの思考や行動のあれこれについて「生物学を適用する」なんて発想は────少なくとも科学的には────無かった。

だから俺は、世の知識人には知識体系をアップデートして欲しいと思うが、しかし都合の悪いことに、彼等はその伝統的な知識体系を守ることでメシを食っている。

その価値を台無しにしようとするのなら、彼らは容赦しないだろう。

ハンコ職人はハンコ文化を守るためなら何だってやる。────そう、なんだってやるのだ。


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(人間の一生をなめてはいけない。一度きりの人生で、ハンコに膨大な時間とエネルギーと命を掛けてきた、その渾身の思いをなめてはいけない。:進化心理学によって、彼らが積み上げた時間を"無"にしようとするのなら、われわれもその覚悟で臨まなくてはならない────非情な覚悟をもって、徹底的に打ち負かすしかない:その墓には花束を、リスペクトとともにだ)


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────と、俺はそう思うのだが、

あいにく「ダーウィン以前のドグマ(教義)の科学」はまだぴんぴんしてるし、連中が生物学との対決を恐れて逃げ回っているせいで、その葬式にはまだ至っていない

(「知識というものは、葬式ごとに進歩する」────ポール=サミュエルソン)

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────そんなこんなで、本来、象牙の塔の住人と揶揄されるべきは、人間行動の説明にけっして生物学のフレームを用いない連中の方なのに、現在、象牙の塔の住人だ(=現実世界には役に立たないことを俗世から離れて研究している)と世間から思われているのは、進化論者の方なのだ

たとえば、「空気を読む」という社会現象を、進化論に基づく動物行動学のロジックから説明しようとしている人たちを想像してみよう。間違いなく彼等は「亜流」だと思われているだろうし、変人扱いされるだろう(俺は王道だと思うのだが)。

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フザけたことに、デュルケーム(=進化論や生物学を人間に当てはめることを否定した"社会学の巨人")を引用して、その生物学的な現象を、わけの分からない社会学的概念で説明する方が、現在では科学的に「まとも」なスタンスらしいのだ。

────別にいいじゃん、と思うだろうか?

しかし進化心理学はそういった「なあなあのノリ」に反発する。「サピエンスは動物ではない」という非科学的な姿勢には決して与しない。───そこをへんにゴマかしてきたからこそ、訳の分からないことになっているのだ。


(サピエンスが遂行する「理由を提供しあうゲーム」のことを思い出してほしい)

> 参考:サピエンスが遂行する「理由を提供しあうゲーム」


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────ここまでで述べてきたように、進化心理学とは、ダーウィンによって創始された進化生物学を、俺たちサピエンスの行動や心や社会にまで適用していく学問だ。

これを読んでいる君たちも、一度、こっち側の「ノリ」に入ってみれば("カルトへようこそ!")、打って変わって、向こう側の奇妙な状況に気がつく

サピエンスの社会は、あまりにも多くの「表面上の理由」「でっち上げられた理由」「ニセモノの理由」「口先だけで語られた理由」によって構成されているのだ。

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ジャングルとサバンナのフィールドワークから帰ってきた人たちは、現代の情報社会のど真ん中に立って、こう思う:

「俺たち人間がふだん口先で語る膨大な〈理由〉のなかには、〈生物学的な理由〉がみじんも含まれていないじゃないか!一体どうなってるんだこの状況は・・・?!」


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────それは文明社会によって演出された目くらましだ。いまだ多くの人々はカーテンで覆われたその中にいる。

サピエンスという猿の、自然とほぼ完全に断絶し、人工物(アーティファクト)にこれでもかと囲まれたその暮らしは、生物学的には非常に興味深いものでもある。

動物を「本能に縛られた存在」と貶して、「俺たちは自由だ!」と信じて疑わないその尊大な態度に対しここでちょっぴり皮肉を言うなら────、

誇り高きわれらホモ=サピエンスは、「野蛮な動物ども」との決別を高らかに歌いあげ、その結果として、地球上の生命史においてはじめて、"自分自身を家畜化した動物"となったのだ。

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────"自分自身を家畜化した動物"だって??


皆さんはとてもそんなこと信じられないかもしれない。"「家畜化」っていっても、ただの自虐的なメタファーでしょう?なんて大袈裟な!!!

しかし、これはたんなる文学的な表現とかそういうのでなくて、ちゃんとした生物学の話なのだ。

実際、文明化以降のサピエンスの生態は、生物学の「家畜化された種」の要件をほとんどフルに満たしているし、ついでに"大脳が縮む"とかの、家畜化された種に特徴的な進化も遂げちゃっているみたいだ。

人類の脳、3万年で1割縮小 進化か退化か?(AFP)


「自分自身を家畜化した動物」ってどういうこと?:それには、"文化と遺伝子の共進化"という考えをまず押さえておこう。

進化人類学者のピーター=リチャーソンとロバート=ボイド、「文化と遺伝子の共進化」(=DIT:dual inheritance theory /二重継承理論)というアイデア*の構築に多大な貢献をした人物として有名だ。

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(* P.Richerson & R.Boyd 2004)


・参考:DIT:dual inheritance theory / 二重継承理論(Wikipedia)


:これはいまでは当たり前となっている考え方で、リチャーソン&ボイドのセオリーは当然ながら進化心理学者にも歓迎された。部族社会時代の “文化” が遺伝子に刻まれているとなれば、ますます進化心理学の言い分は通りやすくなる

そうして「ゲノム (=遺伝子) 」のフィールド「ミーム (=文化) 」のフィールドの融合が図られたのだ。


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────さて、進化心理学の観点からサピエンスの道徳心理を研究しているジョナサン=ハイトは、著書『The Righteous Mind:Why Good People Are Divided by Politics and Religion/邦題: 社会はなぜ左と右にわかれるのか』において、

リチャーソン&ボイドを引用して、サピエンスの「自己家畜化/Self-Domestication」現象について以下のように述べている。

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“ かくして、いくつかの集団が部族制という文化的な革新を発展させ始めると、遺伝的な変化が生じる環境〔=ヒトという動物の生息環境〕が変わる。リチャーソンとボイドは次のように説明する。:
“「このような環境は、集団生活に適した一連の新しい社会的な本能の進化を導いた。それには、道徳規範によって組織化された生活を「期待し」、学習し、内面化するよう設計された心理や、規範遵守の可能性を高める恥や罪などの新たな情動、さらには、象徴的な印が刻まれたさまざまな集団へと分割されるべきものとして社会を見る心理が含まれる。」(Richerson & Boyd 2005『Not by Genes Alone』)  ”

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“ このような原初の部族社会にあっては、他のメンバーと折り合っていけない者、反社会的な衝動を抑えられない者、集団の規範を遵守できない者は、狩猟、採集、生殖のパートナーとして選ばれにくくなる。また、とりわけ暴力的な人物は、避けられ、罰せられ、極端なケースでは殺されるだろう。”
“ このプロセスは「自己家畜化/Self-Domestication」と呼ばれている(B.Hare, V.Wobber, & R.Wrangham 2012) 。イヌ、ネコ、ブタの祖先は、家畜化され、人間と協力関係を結ぶと、より従順になっていった。”

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・参考:進化人類学者のブライアン=ヘアやリチャードランガムらは、「自己家畜化」理論の本格的な構築にいよいよ乗り出している> The Self-Domestication Hypothesis

https://www.researchgate.net/publication/229310601_The_Self-Domestication_Hypothesis_Evolution_of_Bonobo_Psychology_Is_Due_to_Selection_against_Aggression


“ ────さらに言えば、そもそも人間の住む場所に近づいてきたのは、もっとも〔人間に対して〕友好的な個体だったのであり、これらの個体は、いわば進んで今日のペットや家畜の祖先になりにきたのだ。”
“ 同様に、初期の人類は、部族の"道徳マトリックス"のもとで生活する能力の有無に基づいて友人やパートナーを選択し始めたとき、「自己家畜化/Self-Domestication」のプロセスをたどった。”

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事実、私たちの脳、身体、行動には、家畜動物に見られるものと同じ家畜化の兆候が、数多く認められる。たとえば、小さな歯、小柄な身体、おだやかな性質、〔幼少期を超えて以降の〕遊びへの志向などで、これらの特徴は大人になっても維持される。家畜化は一般に、成体になると消滅するはずの特徴を、死ぬまで保ち続けるよう働きかけるのだ。”
“ かくして(人間を含め)家畜化された動物は、野生の祖先に比べて穏やかで、社会性が高く、また子どものように見える。”

(J.Haidt 2012『The Righteous Mind:Why Good People Are Divided by Politics and Religion/邦題: 社会はなぜ左と右にわかれるのか』より)


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────「子供のように見える」とはまさにそうじゃないか?:

俺はいつも密かに思っているのだが、サピエンスの顔面は(他の霊長類との比較で)基本的にとても若々しい(=成人以降でも肌がプルンプルンで動物の子供のように瑞々しい)。

しかし、それが一転、

ジジババになると、親愛なる我らがいとこのチンパンジーに顔の具合がとてもよく似てくるのだ。


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(これってトリビアの種になりませんか?)


────実際、この話はかなり根深い。

たとえば、オオカミは、イヌ(=家畜進化を遂げることで野生のオオカミより大脳が25%縮んでいる)よりも賢いのだが、

人間は"賢さ"を「人の言うことをお利口に聞くかどうか」で判断する


──ので、その基準で行くと、みずから主体的に生きているオオカミよりも、人間の命令に従順なイヌの方が「賢い」と判断されるのだ。

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自然界の基準で行くと、イヌの方が間違いなく「子供っぽい」のだが、どうだろう、サピエンスはイヌの従順な振る舞いを「あら、大人ね」と判断するかもしれない。

動物学に詳しいマットリドレーもこの話について述べている:

幼い個体はまだ恐怖や攻撃心を示さず、それらは脳の下部にある大脳辺縁系が〔脳の成長段階において〕最後に前方に移動するときに現れる。────したがって、進化によって動物が人懐こく従順になる場合には、脳の成長が未熟なまま止まっている可能性が高い。” (M.Ridley 2004)

これを「ネオテニー」進化という。

(また別の機会に詳しく説明しよう)

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・参考:イヌもサピエンスと同様に家畜化によって"ネオテニー進化"を遂げている動物だが、その進化にはどうやら「ウィリアムズ症候群」という「他人に共感しすぎてしまう」症状を発症させる難病遺伝子が関わっているらしいことが判明している。

 > イヌが人懐こくなった理由は「難病遺伝子」に(ナショナルジオグラフィック)



────さて、自己家畜化/Self-Domesticationという、"地球の覇者"であるはずの俺たちサピエンスの非常に残念な状況を腐して、進化心理学者のジェフリー=ミラーは、「原始人と会話する」というやりとりを書いている:

キミ「(キャンプ用品を解説する:)これはサングラス、こっちはスティールナイフ、それからバックパック、そうそう、このトレイルランニング用のシューズなんて数ヶ月は持ちますよ。横にあるこの「ギュン!」ってマークもカッコいいし。

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原始人「そんで、引き換えに何が欲しいんだい?そのナイフだのシューズだのを手に入れるためのには、こっちは何を渡さなきゃならないっての?
キミ「やらなきゃいけないのは、教室で机に座って本能的な直感に反するスキルを学ぶのを毎日ずっと16年間続けること、ただそれだけですね。あとは、道徳にもとる企業の職場に通ってキツイ仕事を週に50時間。これが40年続きます。────その間はまともに子供の世話もできませんし、コミュニティに属してるって感覚もないし、政治的なはたらきもしないし、自然とのふれあいもありません。

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キミ「────ああ、そうそう、子供を二人以上に増やすのを防ぐ薬や、自殺願望を起こさないようにする特殊な薬もとらなきゃいけなくなります。じつはそんなにひどいもんじゃないですよ。シューズのデザイン、めっちゃイケてますよね
原始人「あんた、どうかしてるんじゃない?

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(G.Miller 2009)



 *  *  *


✔️ “家畜”が目覚めるとき───アウェアネスを得たサピエンス


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Re: サピエンスの社会は、あまりにも多くの「表面上の理由」「でっち上げられた理由」「ニセモノの理由」「口先だけで語られた理由」によって構成されているのだ。

Re:ジャングルとサバンナのフィールドワークから帰ってきた人たちは、現代の情報社会のど真ん中に立って、こう思う:

Re:「俺たち人間がふだん口先で語る膨大な〈理由〉のなかには〈生物学的な理由〉がみじんも含まれていないじゃないか!一体どうなってるんだこの状況は?」


しかし、すべての人間が、このおかしな状況────”なまなましい”「生物学的な理由」がものの見事に隠され、表で語られることのない社会────になんの違和感も覚えず馴染み続けるわけでもない。


:「気づく」人々も、次第に増えてきている。ダーウィンから150年を経て、ようやく一握りの人々は「目覚め」はじめているのだ。

(あら、カルトに入信したの?)

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────ケヴィン=シムラーとロビン=ハンソンの二人も、突然、雷に打たれたかのように、”目くらまし” に気がついた。

彼らは必然的に「進化心理学 / Evolutionary Psychology」の世界へと誘われ、そうして、彼らが「ゾウ」と呼ぶもの:

いざ腹をくくって見ようとすれば見えるのに、通常は”脳裏”に隠れたままの巨大な生物学的動機


────と真っ向から対峙することになる。

著書『The Elephant in the Brain:Hidden Motives in Everyday Life / 邦題:人が自分をだます理由────自己欺瞞の進化心理学』において、彼らは ” ゾウ ” との出会いを述べている。

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著者のロビンが初めてゾウを垣間見たのは1998年だった。それはカリフォルニア工科大学で抽象経済理論の博士課程研究を終えたばかりで、二年間の特別研究員として医療政策に焦点を合わせ始めたころだった。"
" まず彼は一般的な疑問に目を向けた。どの医療が効果的なのか?なぜ病院と保険会社は現在の方法で運用されているのか?そしてどうすれば制度全体の効率を上げられるのか?────ところが文献に没頭するうちに、辻褄の合わないデータが目につき始め、ロビンはもっとも基本中の基本である仮定にさえ疑問を抱くようになった。なぜ患者は医療費にこれほどまで高額を費やすのか?健康状態をよくすることが唯一無二の目的ではないのか?"

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" ────そうではない、と言えるかもしれないのだ。ロビンが発見した矛盾するデータを検討してみよう。まず、先進国の人々は、診療、薬、検査など、健康を保つために必要な分量をはるかに超えて、あまりにも多くの医療費を使っている。
" たとえば、大規模な無作為の調査によれば、助成によって医療が全額無料になった人々は、助成を受けなかった人々と比べて格段に多くの医療行為を受けたにもかかわらず、目に見えて健康にはならない。一方で、ストレスを軽減したり、食事、運動、睡眠、大気の質を改善する試みのような医療以外の介入のほうが明らかに健康に大きな影響を与えているにもかかわらず、患者も政策立案者もそれを実行することにはあまり前向きではない。"

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" 患者はまた、よい医療サービスに見えるものに容易に満足してしまい、その外見の下を掘り下げること、たとえばセカンドオピニオンを得たり、医師や病院に結果の統計的な数字を尋ねることにはあきれるほど興味を示さない (ある驚くべき研究では、危険な心臓手術を受けようとしている患者のうちわずか8パーセントしか、その手術における近隣病院ごとの死亡率を知るための50ドルを払おうとしなかった)。"
" 最後に、たいていの場合、費用のかからない緩和ケアでも同じくらい延命効果があり、むしろ生活の質を維持するためにはそのほうがよいにもかかわらず、人々は大げさな延命治療に法外な金額を払う。────要するに、こうした混乱は、医療は健康とだけ関わっているという単純な考え方に一考を促す。"

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" そうした謎を解き明かすために、ロビンは医療政策の専門家としては珍しい方向から取り組んだ。もしかすると医療を買うのとは別の動機────たんに健康状態をよくするという以外の動機────があり、その動機はほとんど無意識のなかにあるのではないかと考えたのである。自分の内面をのぞき込むと健康という動機しか見えないが、一歩下がって外側から動機を三角法で測定し、行動から逆行分析〔=リバースエンジニアリング〕したところ、興味深い構図が浮かび上がってきたのだ。" 

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" 幼児がつまずいてひざをすりむくと、母親がかがんで傷におまじないをする。それで実際に傷が治るわけではないが、どちらもその儀式を大事にする。────幼児は、もっとたいへんなことが起きても母親がそこにいて助けてくれるとわかることで安心する。そして母親のほうは、自分が子どもの信頼を得るに値することを進んで示そうとする。:このささいで単純な例からは、たとえ医療として有効ではない場合でも、わたしたちはヘルスケアを求め、また与えるよう、プログラムされている可能性が見てとれる。 "

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✔️“痛いの痛いの飛んでいけ”の安心-信頼関係を税金で提供するサービスとしての「医療」


" ロビンは、現代医療制度にも同じような相互関係が隠れているけれども、実際に病気が治ってしまうのでそれに気づかないという仮説を立てた。言い換えれば、高額医療サービスは確かに病気を治すが、同時にそれは精巧に作り上げられた「痛いの痛いの飛んでいけ」の大人版だということである。" 

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" その関係において、患者は社会的な支援に安心し、支援を与える側は患者に若干の忠誠心を期待する。────「おまじないをする」支援側に立つのは医師だけではなく、"医者に行け"と言い張る配偶者、子どもの面倒を見てくれる友人、仕事の期限に寛大な上司、そもそも患者の医療保険を援助する雇用主や政府といった組織までもを含む、治るまでの道のりで患者を助けるすべての人だ。 そうした関係者それぞれが、支援と引き換えにいくばくかの忠誠心〔=言うことをきくこと〕を望んでいる。けれどもその結果、患者は実際の健康に純粋に必要である以上の医療を受けることになる。 "

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" つまり、医療は健康のためのものだけではなく、「衒示的(げんじてき)ケア / conspicuous care」、つまり見せびらかしのケア行為なのである。────この時点で読者がこの説明をすぐに信じてくれるとは思っていない。これについてはあとで詳しく検討するが、今ここで重要なのは、著者が提案している説明の感触を得ることである。 "
" 第一に、人間のおもな行動はしばしば複数の動機に基づいている医療ケアを与え、受けるというような、目的がひとつしかないように見える行動もそうだ。何しろ人間は複雑な生きものなので、これは別段驚くべきことではない。けれども、第二に、そしてこちらのほうが重要なのだが、そうした動機の一部は ”無意識” のなかにある。"
" つまり自分でも気づいていないのだ。そして、動機は心の片隅で目立たないように走り回っているネズミのような小さなものではない。それらは国の経済データに足跡を残すほど大きなゾウサイズの動機なのである。"

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✔️霊長類の群れが働くオフィス


" 一方、もうひとりの著者ケヴィンはシリコンバレーにあるソフトウェアの新興企業で初めてそれを目にした。────ケヴィンは当初、起業は会社を立ち上げるというシンプルな行為だと考えていた。人を集め、考える時間を与え、話し合い、プログラムを書く。するとやがて、レゴのようにカチッとはまって役立つソフトウェアが生まれる。 "
 " その後、彼は、人類学者クリストファー=ボームの『森のなかの社会階層 / Hierarchy in the Forest』を読んだ。これはチンパンジー社会の分析に用いられるのと同じ概念で人間社会を分析した書籍である。ボームの本を読んでから、ケヴィンには周囲の環境がまったく違って見えるようになった。 "

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" まもなくソフトウェアエンジニアでいっぱいのオフィスは、ちかちかする蛍光灯の下で、甲高い声で鳴く霊長類の群れに変わった。全員参加の会議、同僚との食事、チームでの外出は、手の込んだ社会的グルーミングの時間になった。面接は群れに入るための見え透いた儀式のように見え始めた。会社のロゴは部族の象徴や宗教のシンボルの様相を帯びた。 "

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 " しかしながら、ボームの本からの最大の発見は社会的地位〔=ソーシャルランク〕に関わるものだった。霊長類であるオフィスの労働者は、当然のことながら、社会階層における自分の地位を守ったり上げたりするために、優位性をひけらかしたり、なわばり争いをしたり、面と向かって衝突したりしながら絶えずチャンスをうかがっている。”
" こうした行動はいずれも、人間ほど社会的かつ政治的な種にとっては珍しいことではない。興味深いのは、いかに人々が、客観的なビジネス用語でそうした社会競争すべてを飾り立て、わかりにくくしているかということだ。 "

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" たとえば、リチャードはカレンが「足手まとい」だと文句を言うのではなく、「顧客のことを十分に考えていない」と非難する。社会的地位〔=ソーシャルランク〕などタブーになっている話題は公に議論されず、「経験」や「先輩」などと遠回しにそれとなく語られる。 "

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" 要するに、人々はたいていの場合、社会的地位〔=ソーシャルランク〕を最大に高めるという観点からものごとを考えたり語ったりしないのである。しかしながら、わたしたちはみな本能的にそうやって行動している。────実際、人間は表立って、また自分自身にさえ気づかせることなく、じつに巧みにかつ戦略的に自己利益を追い求めながら行動することができるのだ。" 


" だが、奇妙だ。それほどまでに重要な動機を、わたしたちは、なぜはっきりと自覚していないのだろう? 生物学によれば、わたしたち人間は競争する社会的動物であり、そのような生物に求められるすべての本能を有している。そして意識することは有利に働く────だからこそ発達してきたのだ。 "

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" ならば、心の奥底にある生物学的な動機についてもむしろ"意識過剰"であるほうが理にかなっているのではないだろうか?それにもかかわらず、ほとんどの場合、わたしたちはほとんど故意とも言えるほどそれらに気づいていないように思われる。 "
" わたしたちは自分の精神のなかにあるこうした動機をまったく感知できないわけではない。そこにあることはわかっている。けれどもそれは自分を不安な気持ちにさせる。そこで精神的に尻込みするのだ。 "

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(K.Simler & R.Hanson 2018 ー『The Elephant in the Brain:Hidden Motives in Everyday Life / 邦題:人が自分をだます理由────自己欺瞞の進化心理学』 )


なぜ、俺たちサピエンスの意識は、“Hidden Motives/隠れた生物学的動機” にわざと鈍感になるように造られているのか?


────それはのちに、霊長類の社会ゲームと、他者の”意図”を読み取るように進化した人類の脳と、人類史の99%を占める部族社会時代において強力にはたらいてきた淘汰圧:「社会選択」について語る稿で、解き明かしていくことにしよう。

(ちなみに俺もハンセン&シムラーと同じく、進化人類学者クリストファー=ボームの大ファンである)



 

────────以下、Part.4に続く。




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類人猿の一種・サピエンスの行動生態の考究。ダーウィン進化論と進化心理学の知見から人間心理を分析する (motto:Rage, against the dying of the light )