デジタル介護

親の介護問題は、今に始まったことではなくちょっと前からありました。

親の介護のために離職する、とかですね。あとは親の介護がストレスで介護者の子供の方が病んでいくとか。ヤングケアラーなんていう言葉も最近言われるようになりました。

ちょうど私の親とかはいわゆる団塊の世代なわけで、我々は団塊ジュニアとか言われます。

私の親世代が介護状態になってきた時、要介護者の数はすごいことになるだろう、と予測されていますね。

今のところは私の親は要介護でも要支援でもないので、差し迫った問題ではないのですが、ある一つの問題は差し迫っているだろうな、と感じます。

デジタル介護、なんていう言葉を発見しました。

IoTとか言われるように、生活に関することがインターネットに接続されていく社会が迫ってきています。

それのメリットの方だけがクローズアップされている感じもあって、なんというか「便利な世の中になる」イメージが一人歩きしている気がするのは私だけでしょうか?

生活に関することがデジタル化されて、スマホなりPCなり、生活のあらゆることが何かしらの端末を介するようになるとしたら、今の高齢者、次の高齢者は置いてけぼりを食うだろうなあ、と感じます。

我々世代でもITやデジタルに疎い人は多いと思いますし、下の世代はデジタルには慣れていても限定的な使い方だけをしてきて、その仕組みそのものはわからない人もいるのではないでしょうかね。

スマホを持っているから大丈夫。

その程度に思っていましたが、昨今のワクチン予約絡みで、高齢者はデジタルの外側にいたことがわかりました。

マンパワーの節約、作業の効率化のためのデジタル、ITのはずなのに、「操作方法を教える人材」が求められてマンパワーが奪われ非効率化、みたいな現象が起きましたよね。

デジタル介護って、「行政サービスや民間サービスがデジタル化、ネットワーク化していった時に、子供の支援がないと利用することができない」状態を指すのかな、と思います。

スマホを持っている高齢者でも、電話の応答ができて、メールの送受信ができて、写真が撮れて、LINEが送れる、程度の人ばかりだと思います。

だいたい、行政の中がいまだにアナログ文化な訳なので、何とも言えない。。。

デジタルを補完するためのアナログ、ではなく、いまだにアナログが中心なところが多いのです。

変わるチャンスはいっぱいあったことでしょう。

見送ってきたか、潰してきたか、したのでしょうね。

政府も含めて多様性とか持続可能性とか言い始めたところが多いですけど、このデジタル移行問題はどう扱うのでしょうかね?

アナログ中心は持続可能ではないと思いますが、サービスのほとんどをデジタル一本に舵を切るのは多様性なのか?と言われるでしょうし。。。

結局、「変化に適応」できないと滅んでいくのだと思います。

環境がデジタルになっていったとして、デジタルに適応できなければ滅ぶしかない。

環境がデジタルになっていって、都市化していけば、自然の起こす環境変化に適応できない種が増える。

人はどの道を選択するでしょう???

私個人は、デジタルに「管理社会、監視社会」の香りを感じるので、行きすぎたIoTはお引き取り願いたいですが、意地でも変わろうとしないアナログ勢にはそれなりの嫌悪感があります。

写真はフィルム現像に味を感じますし、音楽はレコードの音が好きです。

けれど、連絡ごとはメールとかメッセージの方がいいです。

「ちょうどいい具合」になることを望みます。

デジタル介護は、身体介護とは違うストレスが生まれている感じでしたね。。。

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