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身体が透きとおる瞬間に


確かに愛しあっているのなら、二人の身体は溶け合いひとつになる。溶けて混ざり合うその一瞬前、肉体は何もないかのごとくに透きとおる。二人の細胞ひとつひとつが色為すことを止め、もう何も要らないと見えることを手放す。そこに居る存在それだけが全てだから見えている必要さえない。そのことを誰に命じられなくとも身体は解っているから、ひかりを反射することを停止して、存在を透明にする。そしてぼくたちはようやく理解する。ぼくたちを分け隔てている皮膚という境界など互いの気持ち次第でどうとでもなるということを。表面に触れることでしか互いの存在を感じられないと思っていた少し前のぼくたちは、誤解の中に住んでいたということを。 共有という言葉の本当の意味を。

明度も彩度もない世界で透明に混ざり合うことで、初めて同じ想いを抱いていることに気付く。1+1がゼロになる瞬間に、その想いは螺旋に結びつき無限大まで羽翼を伸ばす。その前まではたどり着くことのできなかった二人だけの場所にぽとりと落とされる。透明な二人だけがここにいることのふしぎさに酔いしれることのできる、こうしなければたどり着けない場所に。

今、あたたかく息づくきみの身体は透けていこうとしている。ぼくの手のひらはきみの手の甲に重なり、その圧と温度でどちらも透けはじめている。見えているものなんてもう何も意味がない。だからぼくたちは心の奥底で、言葉にならない言葉で伝え合う。行こう。二人の身体が透きとおる瞬間に。二人でなければたどり着けない場所に。

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