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note詩人インタビュー Vol.2

≪Interview≫


note詩人
佐野豊さん

神奈川県出身。詩誌『極微』同人。第10回びーぐるの新人。


詩誌「びーぐる」において「第10回びーぐるの新人」、花椿文庫から小詩集「風」、朝日新聞への寄稿まで、活躍の場をどんどん広げている詩人の佐野さん。若いころからシンガーソングライターなど、とにかく表現をしたいと考えていたそうだ。そんな佐野さんが、どうして詩に行き着き、これから詩を通してどこに向かうのか。第2回目のnote詩人インタビュー、してみました。


『君も書いてみたら?』


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- 詩を書き始めたきっかけは何でしょう?やはり表現がしたい、という思いから詩を書き始めたのでしょうか?


なんか改めて考えるとよくわかんなくなってきますね(笑)実はすぐに詩っていうことでもないんです。シンガーソングライターなどに興味はあって当時はいろいろとやったんですけど、何かこれといってものにならなかった。そうして何もできないまま20代から30代を過ごしていくんですけど、本の話をよくする友人と、古井由吉の『杳子』を文庫で読みたいね、ということがあって、それからしょっちゅう古本屋巡りをするようになりました。それで、その『杳子』を読んで、改めて文芸に触れたなっていう気がしました。でも、そうは言うものの、なかなか自分で書くというようなことはまだなくて、うだうだと過ごすんです。そして30歳ぐらいの時に『高階杞一詩集(ハルキ文庫)』が本屋さんにありまして、それを手に取って読みました。もうすぐに私はその友人に「すごい面白いものを読んだよ」って伝えたんです。そしたら、彼が言ったんです「君も書いてみたら」って。


- 「第10回びーぐるの新人」を獲りました。ご自身が初期に書いていた詩と今とでは、何か変わったことはあるのでしょうか?詩の上達の方法というものはあるのでしょうか?


それはすごい難しいところで。やっぱり今、自分の書いてるものが、なかなかこう、なんていうんですかね、うまく言えません(笑)ビリヤードでいうと本当は狙いたいんです。こういう角度で、こういう風にクッションにあてて、こういう軌道で穴に入れるっていうのを。それを詩でやろうとすると、 自分の詩においては全然ダメになっちゃうんだと思うんです。だから、そんな高度なことをするんじゃなくて「ただ玉を撞いてみようよ、真ん中を撞けばいいよ」って言われて、「こんっ」て撞くやり方の方が結果的には自分らしい詩が書けているんです。すごく頭で考えて、こうしてあーして、っていう詩を書くと私は失敗しちゃう。直感で書いた方が自分としてはいいものが書けるかな、と思ってます。


上達については、あえて言えば「焦点を絞る」っていうことは大事なのかもしれません。 結局、自分の可能性って無限大にあると思うんです。あれもできる、これもできる、こういうのもあるんじゃないかっていっぱい出てくる。でもそうじゃなくて、「もうこれしか自分にはできないんだ」っていうところで勝負すると、もしかしたら 輝くことがあるんじゃないかっていうのが、なんとなく私が感じている上達方法です。


私は今もそうなんですけど、もっと複雑で難解な詩を書きたいな、っていつも思ってるんですよ。だけど、いつもその真逆のような詩を書いてしまう。分かりやす過ぎて、なんでこんな当たり前のことを書いてるんだろうって自分でも思ってしまう。ほんとはもっと複雑な自分を表現したい気持ちはあるんです。なんでこんな当たり前のことを当たり前に書いてるんだろう、自分はどうしていつもこうなのだろう。そこが不思議。自分の中の不思議な部分。なんでそうなっちゃうんだろうな、なんでそうなっちゃうんだろうなって。


『鳥の巣に鳥が入つてゆくところ (波多野爽波)』


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- どういう文章を書いていきたいですか?


俳句とかで、すごく自分が好きになる句っていうのがあって、当たり前のことを当たり前に書いてるだけみたいな句が好きだったりするんです。 それはなんでなんだろうなっていう答えにはまだ行きついてないんですけど、 なんでこんな当たり前のことが書かれてるのに、これすごくいいって思うのかっていうところが、多分1つの今後の自分のテーマなんじゃないかな、と思います。


例えば自分の好きな俳句で「鳥の巣に鳥が入つてゆくところ」というのがあるんですけど、これが俳句でもなんでもなければ別になんでもないんですけど、作品として出された時に、やっぱりすごく「 えっ」てなるんですよね。だから自分の詩の作品もきっと人から見たら「なんかこの人全然ダメね、小学生の作文みたい」って思われそうな詩しか書けてないんですけど、自分の中では、こういう俳句のように深いところに行きたいっていう気持ちで書いてるんです。


『現代詩の子供でありたい』


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- 詩のどこに惹かれますか?


やっぱり人間ってどうしても建前や、立派な大人としての姿であったり、社会と関わらなきゃいけないと思うんです。詩っていうのは透明な剣で、そういう取り繕っているもの、建前みたいなのを刺してくれるような気がするんです。そこで自分が脱がされたり、号泣したりできるっていうのが、やっぱ詩のいいところなのかなと。


「自分」って何が本当かはわからない。職場で働いてる自分も本当だし、詩を書いてる自分も本当だけど、 もしかしたら職場の自分が本当なのかもしれない。本当の自分と思ってるものが詩だったらいいなとも思うし、ちょっとそれも怖いなっていうのもあります。 そこが難しい。だから詩は本当の自分に帰れる場所っていう感じともちょっと違うんじゃないのかなって思います。


それにしても詩っていうのは、ほんとに難しいなと思います。自分としては「現代詩」 をやってるんだっていうところから足を一回外して「詩」をやってます、でいいんだって思おうとした時期もあったんです。でも、やっぱりもうちょっとだけ「現代詩」にこだわってみようかなって思ってます。やっぱり「現代詩」っていうところから離れたくないなっていうね。やっぱり自分が好きでやってることだし、古本屋で手に入れた「現代詩文庫」でわくわくする自分っていうのもあるんです。だからいつまでも「現代詩」の子供でありたいなって思ってるんですよね。


そうなると、 やっぱりちゃんと勉強しなきゃいけない、ということが今いっぱい出てきていて、今まではほんとに書き散らしてきただけなんですけど、現代詩と深く関わっていきたいな、と思うんだったら、やっぱりそれなりに勉学しなきゃいけないなっていうのが今思ってることです。


ただ「現代詩」と「詩」の違いはなんですかって言われると、それがわからない(笑)まあ、 一緒だよっていう風に言うこともできると思うんですよ。もちろん一緒だよっていうこともできる。 現代の詩なので、現代詩で別にいいとは思うんですけど。ただ私のなかで「現代詩文庫」っていう、あのアイテムが凄く強烈で、それが「現代詩」ってところにこだわる理由なんだと思います(笑)


- 詩をどんなふうに読みますか?


なんていうのかな。歯が立たないって思う詩がまだまだあるんですよね。読みたいなって思ってる詩や詩集でも歯が立たないって思っちゃうことがある自分がいます。歯が立たない、というのは難しい言葉が書いてあるから、というのとは違うんです。どこかで「これは面白い」と心の底から思えない自分がいると、自分にがっかりしちゃうんです。


いろんなことを知ると見えてくる景色というものもあるんだろうな、とは思っています。ただ、いろんな詩を分かるために、いろんな勉強して「克服する」っていうのとはちょっと違うかなと思ってて。例えば、よく理解が出来ない詩だけど、すごく好きで面白いってこともあるんだと思うんです。分析ができるからといって、100パーセントの愛着が持てるとも違うと思うんです。全く詩の分析はできないけど、ただ好きなんです、っていう言い方もあると思うんです。だから、 ちょっと話が矛盾するかもしれませんが、克服するというものではなくて、知らなかった自分から知った自分に変わった後に読んだ時に、あれ、これってこういうことかなって、 違う窓から覗ける時があるんじゃないかっていう期待はしていたいんですよね。


『宮沢賢治、中原中也、萩原朔太郎』


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今日お話いただけて、ちょっと話したいと思ったことがあったんです。
有名な詩人で、宮沢賢治、中原中也、萩原朔太郎の3人をピックアップするとして、 自分の中で今一番読みにくいのは宮沢賢治なんです。それで、次に中也。逆に一番入ってきやすいのが萩原朔太郎なんだなっていうことを、最近気づきだしたんです。そして多分このランキングって人それぞれに違うと思うんです。

- どうして、これを今日話したいと思ったのですか?


なんかね、すごく重要な話だと感じたんですよ。 この3人の読みやすさの順位って人によってそれぞれ違うと思うんですよね。 だから、すごく直観的なんですけどポイントになるような気がしてるんです。実は私の詩の友達で、めちゃめちゃ宮沢賢治さんが好きな人がいるんですけど、ちょっと自分も追随して童話とか詩とかを読もうかなとか思ったんですけど、正直、ちょっと読めなくて、なんか入ってくるものがなくて、現時点ではそういう感じです。中原中也もちょっとダダが入っているので私にとってはちょっと難しい感じがしてます。だから自分には萩原朔太郎がグサッとくるんじゃないかっていうのが今の予測です。こういう風に、刺さりそうな詩人を読むっていうのは大事なことなんじゃないかって。なんか、 あ、これ自分にとって刺さりそうな詩人だなっていう嗅覚で、読んでいくのってやっぱ楽しいです。


- 次の目標って何になるのでしょう?


一つは決まってます。実は私、ちゃんとした詩集ってまだ出してないんです。 本屋さんに置かれるようなちゃんとした詩集。やっぱり夢ですよね。詩を書いてる人にとって詩集をだすことは。詩集を1冊にまとめるっていうのはすごいことだと思います。もし本当に1冊ちゃんと本屋さんに置かれるような詩集ができたら、そこでやっと第1章が終わるんじゃないかなって思います。実は私、もう30代後半なんですよ。やっぱり10代とか20代の頃よりも、おじさんなわけなんですけど、そういうこと考えると、たとえ第1章で終わったとしてもいいんじゃないかって思いもあるんですよね。だから今は第1章に向けて歩いてる。まあ、結果的には第4章ぐらいまで長生きするのかもしれないけれども、仮に第1章で終わったとしてもいいって思えるようにするためには、何が大事かっていうことを考えて、 詩を書いてるような気がします。






インタビューをした人/文章を書いた人
「大人C」


編集後記


2時間ほどお話を聞いたところで「音声データがアップロード出来ません」というスマホからのメッセージに青ざめた私。佐野さんは優しく別のお店でさらに1時間話をしてくれることを提案してくれました。

夢は詩のコンテストを主催することです。サポート頂けましたら運営資金に使用させて頂きます。優勝者の詩は例えば新聞広告の全面で発表する、などを夢見てます。ですが当面はインタビュー時のコーヒー代。謝礼等に使用させて頂きます。