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高潔な合成香料を目指すとは? [NEZ 2022年3月11日]

NEZ Magazineのウェブ版を翻訳しています。

「香水産業と持続可能な開発:メッセージの背後にあるもの」というテーマで特集が組まれた全7回の記事で、今日は第3回目です。

  1.  サステナブルな香水って可能なの?(翻訳済)

  2.  天然香料 - 植物とエッセンスと人々(翻訳済)

  3.  高潔な合成香料を目指すとは?(今回)

  4.  信頼できる香水の処方とは:異なるツールと一つの理想

  5.  ラボの内側:配給ではなく合理化を!

  6.  パッケージがグリーンになるとき

  7.  香りの循環:香水のライフサイクル

天然香料と合成香料はよく対比されますが、対立するものではありません。「天然=環境に優しい」と考えている方には是非読んでいただきたいです。

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高潔な合成香料を目指すとは?

By Anne-Sophie Hojlo
2022年3月11日

生分解性分子やバイオテクノロジーから再生可能な炭素まで、香水業界は持続可能な開発と消費者のナチュラル志向の高まりという課題に応えるため、環境負荷の少ない分子を作り出す新しいプロセスを開発しつつある。石油化学合成はもう終わりを告げたのだろうか。

香水の分野では様々な効能を持つ天然香料が特に好まれ、広く宣伝されているが、19世紀後半以降、この分野の歴史は化学に根ざしており、香水パレットのほとんどは合成によって得られた分子で構成されている。しかし過去10年間の環境に対する関心の高まりに直面し、化学は、消費者さらにはブランドの目にも好ましくなく、汚染、毒性、エネルギー集約型、廃棄物の主な発生源と映るようになった。しかしこの認識は必ずしも現実と一致してはいない。天然素材であるアブソリュートは栽培に多くのスペースを必要とし、石油化学溶媒を使用する。生産量が少ないため生産性が高く、廃棄物が少なく、環境への影響が少ない合成香料よりも持続可能性が低いとみなされる可能性があるのだ。合成香料メーカーは、地球環境への影響を軽減するために環境に配慮した研究開発を進めている。

持続可能な化学という考え方は、1998年にアメリカ人のジョン・C・ワーナーとポール・T・アナスタスの著書で「グリーンケミストリー」という言葉で初めて登場した。これは12の原則に基づいており、資源管理、廃棄物防止、安全・安心、省エネルギーの4つの包括的な目的にグループ化することができる。これらはすべて、香水産業が新しい分子を開発したり既存の分子をより環境に優しい方法で入手したりする際の指針となる進歩である。

より持続可能な原料を判断する第一の基準は、汚染を最小限に抑えるための生分解性である。フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究ディレクターで、コートダジュール大学のFlavours, Perfumes and Cosmetics Institute for Innovation and Partnershipsの所長であるシルヴァン・アントニオッティは、次のように説明する。「これは例えば、安価で耐性があり広く使われているムスク、ガラクソリドで発見した問題だ。[1] この分子の問題は、毒性はないものの環境中、特に海洋生物に蓄積されることである。現在では使用期間に応じた寿命を持つ成分を開発することが望まれている。」その結果、近年この問題に取り組むための産業界の研究から生まれた新しい分子が登場している。生分解性を持つIFFのCristalfizzや、マイソール・サンダルウッドに着想を得たフィルメニッヒのDreamwoodがその例だ。

合成香料をサポートする天然香料

Dreamwoodは100%再生可能な炭素から作られているという点も特徴的だ。これは持続可能な合成に取り組む香料会社の新しいトレンドである。香料の主成分である炭素は従来は化石燃料から得ていたが、化石燃料は汚染され消滅しやすいため、持続可能な開発という概念とは相容れない。しかし、業界では天然原料を使用することが多くなっており、合成物質(最終原料を製造するための基礎となる構成要素)のすべてまたは一部を形成することができるようになっている。「分子中の80%が再生可能な炭素であれば、非常に良いスコアだ」と、Mane社の原料担当ディレクター、シリル・ガヤルドは言う。

近年、各社ともこの方向で大きく前進しているが、日本の高砂香料はこの分野のパイオニアである。同社はパインオイルの化学に特化しており、パインオイルに含まれる炭素、特にL-シトロネロールとL-シス-ローズオキサイドという高級フレグランス に広く使用されるバラに似た香りのおかげで、合成成分の幅広いポートフォリオを実現している。高砂香料は早くも2014年に、全原料に含まれる再生可能な炭素の割合をBiobased指数で初めて示した。2019年、ジボダンは炭素に適用される多くのグリーンケミストリーの原則を用いた「FiveCarbon Path」プログラムを実施し、特に原料を作る際にバイオソースの炭素(有機物や再生可能物質から得られるもの)を優先的に使用する予定であることを発表している。環境への影響をさらに軽減するために、この再生可能な炭素は、アップサイクルの原則に沿って廃棄物や副産物から得ることができる。シムライズ社のスズランの香りを持つLilybelleは、果汁産業の廃棄物から抽出したリモネンで製造されており、ジボダン社のペッパーウッド系のニュアンスを持つAkigalawoodはバイオテクノロジーを使用してパチュリエッセンスの一部から得ている。

化学試薬の代替となる発酵

バイオテクノロジーは、香水産業が持続可能な分子を製造するためのもう一つの主要な手段である。これは微生物(酵素、バクテリアなど)の特性を利用し、時には遺伝子組み換えを行い、化学試薬の一部、または全部を置き換える発酵プロセスによって、天然原料を一つ以上の香気化合物に変換するもので、この場合の分子はIFRAによって天然と見なされる。このプロセスにより、2014年にはパチュリオイルに代わるClearwoodがフィルメニッヒ社によって、Biomuguetが高砂香料によって、そして様々なラクトンがMane社によって開発されている。「バイオテクノロジーは持続可能な化学と非常に相性が良い」とシルヴァン・アントニオッティは強調する。「再生可能な材料を使用し、エネルギー消費量が少なく非常に効率的で、廃棄物をほとんど出さない、そして技術者と環境にとって完全に安全である。」

印象的な利点ばかりだが、調香師のパレットの中でどれほどの役割を果たしているのだろうか。このような「グリーン」な分子についてはよく耳にし、その開発は確かに本格化しているが、従来の化学から生まれたものに比べれば、まだまだ少数派である。例えばMane社では、原料ポートフォリオの2,000種類のうち、数十種類という割合だ。しかし、ニース化学研究所の教授でコートダジュール大学の化学修士課程Foqual(処方、分析、品質)の責任者であるXavier Fernandezは、次のように推測している。「企業側には、持続可能な合成にシフトしたいという真の願望がある。数年後には自社製品に『Nutri-Score』のような環境格付けが与えられるだろうから、企業はそれに備えなければならない。エコロジー的な利点に加え、このアプローチは企業のイメージアップにもつながり、財務的な観点からも、まだ取り組んでいないのなら、これからすぐに利益を生むだろう。」

開発中のムスクと溶剤

現在のサステナブルな合成香料は、従来の同等品よりも平均して高価であることは事実である。「収量、処理段階の数、精製の必要性(の有無)などによって大きく異なる」とシリル・ガヤルドは説明する。ウイスキーやクローブの香りを持つVinyl Guaiacolの場合、バイオテクノロジーによって得られた分子は従来の合成法で作られたものより安価であるため、現在ではすべての処方で置き換えられている。しかし原料の中には10倍以上も高価なものもある。「自然であることを必須条件としない限り、我々の顧客でこれに追随しようとする人はほとんどいない」と原料担当者は言う。しかしこうした価格差はすぐにでも縮まるか、あるいはなくなってしまうかもしれない。

「技術的な進歩と石油の不足により、サステナブルなプロセスはますます利益を生むようになり、調香師のパレットは 『自然に』100%バイオベースの製品に向かうだろう」とシルヴァン・アントニオッティは予測している。「今日、バイオテクノロジーや再生可能な炭素から、すべての分子を得ることができる。しかし石油化学合成が最も効率的な場合もまだある。それが一工程で済むのであれば、何十もの工程を要する自然のプロセスに置き換えることは環境にとって適切ではない。したがって、これら二つの方法は今後も共存していくだろう」とシリル・ガヤルドは言う。現在香料会社が行っている研究は、ムスクと100%再生可能な溶剤に焦点を当てたものである。原料を希釈するために広く使用されている、石油化学由来のdipropylene glycolなどの従来の溶剤を置き換えることができれば、環境負荷を劇的に変化させることに貢献できるかもしれない。「溶剤が処方の中で占める割合を考えると、溶剤が開発されれば、近いうちに50%以上が持続可能な分子で構成されるようになるだろう。」とシリル・ガヤルドは予測する。

このような新しい化学のアプローチはまだわずかではあるが、今後、天然と合成の間の古い境界を徐々に取り除いていくことになるだろう。

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原文はこちら
https://mag.bynez.com/en/reports/perfumery-and-sustainable-development-behind-the-messaging/towards-a-more-virtuous-synthesis/

画像:NEZ Magazine


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