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ヤンキーと沖縄文化が交差する、小さなお祭りの夜

中田実希(90生まれ 那覇市宇栄原出身)

 6年生のころ、学年でモテる男子トップ3に入るYくんが同じクラスだった。彼は勉強はからきしで、走るのも特別速いわけではなかった。大きな黒い瞳と、すこし天然パーマのかかった髪、おもしろい話をするわけじゃないが、話すといつも笑いがおこる。活発なチームにいるのに、声が大きいわけではない。背は低いがミステリアスな雰囲気があった。

 授業はいつも不真面目で、ふざけていた。先生に隠れてカセットテープを持ち込んだり、たまに授業をさぼったりしていた。先生は彼を叱るが、彼のことを憎めないと思っているのは、誰の目にも明らかだった。クラスの中の愛される小さな不良Yくんの外斜視の入った眼差しは、愉快なのにいつもすこし寂しげであった。

 そんな彼が地域のエイサー祭りにでるらしい、という話を、 同じクラスの情報通Nちゃんが聞きつけた。Nちゃん曰く、Yくんはどうやら毎日19時から、隣の隣の自治会にある集会所でエイサーの練習してるらしい。その祭りに行かない?と誘われた。地元の小さなお祭りへの愛着はわたしもNちゃんも特にはなかったが、Yくんのことをすこしだけ気になっていたNちゃんは自分が行きたいから暇そうなわたしを誘い、案の定暇なわたしは誘いに乗って一緒に行くことにした。

 お祭りの会場は、家から歩いて20分のところにあった。エイサー祭りといっても規模はとても小さいもので、出店もなければ、花火もない。集会所の前にある広場で行われる祭りだった。祭りのその夜は、溢れんばかりの人が狭いスペースでひしめきあっていた。提灯ではなく、キャンプ用の大きな外灯がそこかしこに置かれ、真ん中ではたくさんのたくましい男たちが旗頭を倒さないように激しく動きまわっている。どの人も蒸れるような熱気が身体中から発されていた。旗頭の演舞が終わると、エイサー隊が出てきた。不良っぽい顔つきの眉毛の細い中学生や高校生に混じって、Yくんは真剣な顔で、バチを握り、額やこめかみから汗を流しながら、大太鼓を叩いていた。こんなに真剣な彼を、わたしははじめて見た。Nちゃんがエイサーを見ながら言う。

 「にぃにーとか、先輩がこのエイサーやるから、Yもやってるってよ」

 ありがとう、にぃにー。ありがとう、先輩。彼のこの姿を見せてくれて。
Yくんが熱中できるものは、昼間の学校にはないが、夜の集会所にはあった。ヤンキーと沖縄文化が交差する小さな小さなお祭りの中に。お盆にエイサーを踊りながら道路を練り歩く道ジュネー隊は、きっとYくんやYくんの先輩のような、少しグレながらも上下関係を大事にする人たちが担っていたのかもしれない。

 そういえば、Yくんは方言がめちゃくちゃ喋れる。彼がおばぁと住んでいたこともあるけれど、きっとそれだけではない。ヤンキーやギャルたちは、なぜかみんなこぞって方言を話す。おじぃおばぁと離れて暮らし、どちらかというと優等生だったわたしは、彼ら彼女らの言ってる方言の半分もわからない。 ネイルバリバリのギャルが三線をかきならし、眉毛のほとんどないボーイがエイサーをやる。それが、わたしには眩しかった。沖縄の文化と呼ばれるものの一端を、これからもきっと彼ら彼女らが担うのだろう。わたしはその輪の中には入れないのかもしれないという、諦めと、羨望と、すこしの恋心を持って、エイサー隊が退場するまでずっと、彼の汗を見ていた。

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