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宮古島で結婚式を挙げるということ

タイラ(99年生まれ 伊良部島出身)

 僕は天邪鬼なところがあって、何をやるにも遠回りしてしまう。コンビニで買い忘れがあっても、戻るのはなんだか恥ずかしいので、別の遠くのコンビニまでいってしまう。

 そんな僕がまさか、人間界でもトップクラスのキラキラ行事である結婚式を挙げるなんて、思っても見なかった。

 実際、当初は挙式をする予定は無かった。でも、妻の家族はノリノリで、僕の家族は「やるならサポートするよ!」という感じだった。

 僕の周りはみんな結婚式に前向きで、あれよあれよという間に、結婚式の日取りが決まっていった。そんな中、結婚式に前向きになれなかった僕は、式の前日になってさえ、「オレなんかが結婚式?」という心持ちだった。

 しかし、ヴァージンロードを歩いて、所定の位置に立ち、参列した家族たちを見た瞬間に全てが吹き飛んだ。

 結婚式に対する気持ちも、今までわざわざコンビニを変えていたことも、自分で自分を否定し続けてきたことも。

 いつまでたっても思春期のひねくれ成人男性が、中二病を卒業した瞬間だった。

 沖縄の結婚式といえば豪華で騒がしい「THE・宴」のようなイメージだけど、今回の式は両家の親族のみで挙げた。こじんまりとしていたけど、ゆったりとして明るくて、屋外で、海の目の前というロケーションもあり、素敵な式だった。(中二病を卒業していなければ素敵な式とは書けない!)

 当日の朝、準備をしている時も、綺麗になっていく妻を見ている時も、母親とあの教壇みたいなやつの前に行く時も「お腹すいたな」「眠たいな」「タキシード暑いな」「お腹すいたな」とか全然違うことばかり考えていた。

 おめでとう! と家族に言われてもどこか恥ずかしくて、居心地の悪い感じがした。

 いざ式が始まって、僕が妻と2人で両家の前に立ち、顔を見渡すとみんなが泣いていた。「十数人の人間が、今だけは僕や妻を見て、これまでのことを思い返したりして、泣いているんだ」と思った。

 その瞬間に、僕たちはこの人たちに"大切"に育てられてきたんだと感じた。どんな言葉やプレゼントよりもその事実を実感した。

 僕が大人になれたのは、ここに集まった人たちや、近所のおじい・おばあたち、学校の先生や、友達のおかげだ。早く出たいとばかり思っていたこの島の、人や木や海や生き物たちに、大切に温かく育ててもらったんだな、とやっと気づいた。

 いつもひとりで寂しいような気がしていた僕だけど、この島の温かなコミュニティの中で育ち、属していることがわかった。人と人とのつながりやコミュニティへの意識が希薄になっていくこの世の中で、僕の大事な居場所を見つけたのだ。

 流石、結婚式。人類がずっと続けてきた行事なだけあるよ。その気付きのあと、僕は素直にみんなからの祝福の言葉を受け取った。

 僕はもう寂しくないし、何も怖くない。この世界の片隅にある、自分の居場所に気付いたのだから。

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