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「わかる」と「わからない」の間で楽しむポップミュージック

ファン・ユーシャン(黃昱翔)(93年生まれ 台湾新北市出身)

 私は2014年交換留学を機に初めて沖縄の地を踏み、1年間過ごした。運よく台湾華語(※1)を教えるアルバイトのチャンスをいただき、そこで何人かの「台湾ファン」学生と知り合った。テーマによっては台湾のことについて学生たちの方がむしろ詳しいので、教わることもたくさんあった。

 中でも印象的だったのは、ガンガーラの谷で開催された「島嶼音楽祭」。沖縄と台湾の原住民族(※2)による交流ライブで、2015年6月に、特に台湾の音楽をよく聴く方が、連れて行ってくれた。

 歌詞への共感を大切に思う私は、それまでわかる言語の音楽しか聴かなかった。中国語の歌や、台湾で一番使用人数の多い方言・台湾語の歌、そして日本語を学んでいるのでJ-Popぐらいだった。全く理解できない「しまくとぅば」や「台湾原住民族の言語」によるライブ自体にそこまで興味がなく、ただイベントに遊びに行く気分でついて行った。

 そこで私を惹きつけたのはSAKISHIMA meeting。石垣島出身の三線唄者・新良幸人(三線・ヴォーカル担当)と宮古島出身のアーティスト・下地勇によるユニットバンドだ。それぞれ、八重山の言葉と宮古の言葉で歌っている。下地勇氏については留学生向けの講義で先生に教えてもらっていたし、宮古と八重山には沖縄島のうちなーぐちと違う言語があることは知っていた。ただ、あの時は「音楽を通して出身地域の言語と文化を発信してて偉い!」と漠然としたイメージしか持っておらず、宮古出身の人や宮古の文化に関心を持つ人しか聴いていないのかなと思っていた。しかし、目の前で聞くと印象が大きく変わった。現地のライブならではの迫力もあるだろうが、音楽自体すごく魅力的で、言語が全く理解できないのに、曲に合わせて体を動かしたり、歌ったりしたくなる。ライブの大多数の観客にとっておそらく直接理解できない言語だろうし、お互い言葉が通じない中でコラボ作品が成立するのは、歌詞の意味以外にも重要な要素があったからだと実感した。私の中でそれまでなんとなく存在していた言葉の壁が崩れた気がした。

 それからしばらくして、台湾の原住民族の音楽を好きになった。きっかけは、台湾国内最大の音楽賞「金曲奨」だ。パイワン族の歌手・阿爆(ABAO、アバウ)は、2019年にリリースしたアルバム『kinakaian 母親的舌頭』(母親の舌=母語)で、「今年度のアルバム」「今年度の歌」を受賞した。パイワン語が母語である母親と共同作業を重ね、歌詞を丁寧に書きつつも、音楽面ではR&B、EDMなど現代流行りの要素を入れている。言葉が理解できなくてもリズムとメロディで楽しめる作品を作り上げた。沖縄の大学院を卒業し、東京に引っ越したらすぐコロナで家を出られなくなった。そんな時に、ネットニュースで知った阿爆の曲は、家を出られない私の気持ちを慰めてくれた。気がつくと、わからない歌にどハマりし、何十回何百回も再生していた。

 かつて戦後の台湾では、中国語の使用が押し付けられていた。植民者の日本語はもちろん、台湾語・客家語・原住民族語など住民たちの母語も政府によって抑圧され学校で禁止されていた。「金曲奨」では現在言語ごとに部門が分けられているが、どの言語よりも華語の受賞者・受賞作品の注目度が圧倒的に高い。そういう意味で阿爆の作品は、音楽の力で言語の壁を越えたと言える。 

 阿爆自身はインタビューの中で、「自分の民族の言語で歌を作ったのは、伝統文化を守るという使命感を強く持っているからではない。美しいと思って作りたくなったんだ」という。

 言語の隔たりを壊して多文化社会を作るのも、抑圧された言語がまた無関心に曝されていると気づかせるのも、音楽の力かもしれない。そのために、歌詞を理解することは必須条件ではない。台湾の原住民の言語で歌われた曲をきっかけに沖縄の言語の歌にハマり、東京に行ってからは台湾の原住民の歌にハマった。わからない言葉の曲を聞きながら、そんなことを考えた。

(※1)台湾華語
台湾で使用される中国語のこと。中国本土で使用される中国語と似ており、北京官話がベースとなっているが、文字(繁体字)が異なる。また、日本語や台湾語などに影響された表現もある。

(※2)原住民族
中国語/台湾華語における「原住民族」は「原始」という差別的な意味はなく、「元来」「元々住んでいる」ことを意味している。原住民族の当事者が運動の文脈で決めた言葉でもあるため、ここではあえて日本語に合わせず、台湾華語の表記にしておく。

 阿爆(アバウ)と李英宏(リ・インホン)がコラボした「Tjakudain 無奈」(どうしようもない)という曲。二人はそれぞれ台湾語、パイワン族語で歌い、応答のなかで漢民族と原住民族という民族間の恋愛関係のどかしさを面白く表現している。一見、原住民族の女性が「民族の違い」という「本質的な」理由で漢民族の男性を断ったように見えるが、原住民族が差別的な制度と漢民族から無意識的な偏見に晒されてきた歴史的背景を考えると、この拒絶の意味について考えさせられる。

 阿爆の「Sa'icelen 加油吧」という曲。他の原住民族の古謡が入れ込まれている。タイトルはアミ族語で「頑張れ」。サビでは「Fangcalay(素晴らしい)」というアミ族の古謡が繰り返され、神秘的で魅力的な曲になっている。他族の文化を曲に使用する時に慎重さが特に求められるが、かつて彼女はパイワン族だけでなく、他族の村を訪問し、年寄りと関係性を築いてから、古謡の収録に努めていた。今回の使用もちゃんとアミ族の人々と対話を重ね「出典明記の上の許可を得た」という。


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